通り雨、閃々
5. 肩

霧雨よりやや大粒の雨が降っていた。
街灯の少ない夜の住宅街でそれは目に見えず、風に運ばれた雨粒が肌を濡らした冷たさと、傘に降りるはらはらという音だけがその存在を示している。

スマホを取り出して時間を確認すると二十二時八分と表示されていた。
その下には新着メッセージを告げる表示が、昼間のカレー店からそのままになっている。

メッセージを開けば返信しなければならなくなる。
今週末は予定がないので、箕輪さんと会うか、嘘をついて断るかの二択だ。

箕輪さんと過ごす時間は心地よいものなのに、何をこれほど躊躇う。
「普通の彼氏」ができれば、いつも私の中に居座っているリョウを追い出せるかもしれないのに。
そうでなくても複数の「男友達」がいれば、リョウをカルピスみたいに薄めて薄めて、味がしないくらいにできるかもしれないのに。

そんな安直な考えを嘲笑うかのように、マンションに向かう道の先にリョウの姿が見えた。

闇に溶けるような黒のジップアップフーディー。
最近染め直されたシルキーな金色の髪。
左手に下げられたコンビニのレジ袋。

街灯の届かない闇でも、リョウの姿は月光に浮かぶように、遠くからでもよく見えた。

その背中がマンションの中に消えて、私は足を止めて三十数える。
エレベーターは一基しかないが、夜十時過ぎに混んでいるわけがない。
もうヤツはエレベーターに乗っただろう。

ところが、エントランスにはエレベーターの階数表示を見上げるリョウの姿があった。

「おかえり、ミクちゃん」

小首をかしげてニコリと笑う。
そして、まだ三階を示す表示に視線を戻した。

私はリョウの斜め後ろに立ってエレベーターを待つ。
ここで階段を使うのは自然ではないし、避けることはすなわち敗北を認めることだ。

一応雨降りなのに、リョウは今日も傘を持っていない。
金色の髪は、真珠の粉をはたいたように雨粒をまとっていた。

リョウはずり落ちていた右肩のフーディーを引き上げた。
しかし、すぐにまた落ちてしまう。
襟ぐりの大きなインナーから首筋があらわになっている。
色が白いのは生来のものらしいけれど、蛍光灯の下でそれは際立っていた。
首の付け根にも小さなホクロがふたつある。
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