通り雨、閃々
「どうでしたか?」
上映後、お手洗いから戻った私に箕輪さんが尋ねた。
無理なく食べきれたポップコーンの空きボックスとドリンクカップは片付けてくれていた。
「面白かったです。事前情報何も知らずに観たんですけど、難しくもなかったし、迫力あったし」
「そうですね。ストーリーは王道ですけど満足感がありました。最近観た中では一番好きだなぁ」
「箕輪さんは映画はよく観るんですか?」
「ときどき自宅で。でも映画館は久しぶりで楽しかったです。森近さんは?」
リョウがよく観ている古いアドベンチャー映画が脳裏をよぎった。
何度観てもストーリーは頭に入ってこないし、少年が発明する理由もわからない。
「私も久しぶりです。去年、友達に付き合わされて、彼女の推しが主演してる胸キュン学園もの観て以来」
口を尖らせて言うと、箕輪さんは私の顔を覗き込んだ。
「恋愛ものは苦手ですか?」
「いえ、好きなんですけど、彼女、推しの話しかしないので」
箕輪さんは口元に拳を当てて笑う。
シャツから伸びた腕はボルダリングの成果でたくましいけれど、くしゃっと目がなくなってかわいらしい雰囲気になった。
「じゃあ、次は胸キュンラブストーリーにしましょうか。僕もきらいじゃないので」
「意外です」
「男でも観ますよ、胸キュン」
モール内を少し歩いてから、住宅街にあるこぢんまりとした洋食屋さんで食事をした。
箕輪さんはカニクリームコロッケが好きで、セロリは苦手だけど食べることはできて、コーヒーはブラックで飲む。
仕事中はよくチョコレートを食べる。
実はホラーがとても苦手だという。
「え! 森近さん、ホラー平気なんですか?」
「怖いですよ。怖いけど、怖いもの見たさの方が勝っちゃう」
「夜眠れなくなりません?」
想像しただけで寒くなったらしく、箕輪さんは両腕を抱えてさする。
「思い出しちゃって『眠れないなぁ』って思うこともありますけど、次の瞬間には寝てます」
「強いな」
「ホラーってミステリー要素もあったりして、ストーリーも楽しいからおすすめなんですけどねぇ」
「じゃあ次は胸キュンじゃなくて、森近さんのおすすめホラーにしましょう」
そういう顔は引きつっていて、私は思わず笑っていた。
予想通りなところも、意外なところもあって、ちょっと情けないところには親近感がある。
とてもバランスのいいひとだ。
こうして無理なく呼吸できることが幸せなのだと思う。