通り雨、閃々
公園の駐車場は広いけれど、今朝の雨のせいか車は一台も停まっていなかった。
アスファルトも芝生もまだ濡れている。
錆びた案内図を眺めていたリョウは、あたりを見回して、
「こっちかな」
と歩き出す。
「来たことないの?」
「ないよ」
「本当にザリガニ釣れるの?」
「そうみたい。ネットに書いてあった」
水気を含んだ風が木々の間を抜ける。
時折、葉に残った滴が首筋に落ちて、私は悲鳴を上げた。
リョウは少し顎を持ち上げ、その空気を楽しむようにうっとりと目を細めていた。
「お、あった」
坂道を下り、階段を下りた先に沼があった。
一面蓮の葉で覆われて水面はほとんど見えない。
縁にしゃがみ、リョウはその葉陰を覗き込んだ。
「いたいた」
隣にしゃがんで覗いても、私には浅い水深の底の泥しか見えない。
リョウはタコ糸を30cmほどに切り、端にダブルクリップを結びつける。
長い指はレース編みでもしているかのように、器用にくるくると動いていた。
完成すると、クリップにスルメイカを挟んで、はい、と私に差し出す。
「先に釣ってて」
リョウがもう一本の釣り糸を作る間、私は言われるままに葉の間に糸を垂らした。
ちょこちょこ持ち上げてみても、一向に何かがかかる気配はない。
「匂いに釣られてくるから、少しじっと待った方がいいよ」
「退屈だなぁ」
「楽しいじゃん」
太陽はしれっとした顔で、水面にも、蓮の葉の上の滴にも、リョウの上にも光を落としている。
目深にかぶったバケットハットの下で、リョウの瞳には少年の夏の日がきらめいていた。
「お、きた」
リョウが静かにタコ糸を持ち上げると、その先には茶色いザリガニがくっついていた。
スーパーからもらってきた発泡スチロールの箱に水を汲んで落とすと、パチャンと大きく跳ねた。
「小さめだね」
「そうなの?」
「もっと大きいと持ち上がらなくて逃げられるから、釣るにはちょうどいいかな」
リョウはまた水面に糸を垂らし、
「ミクちゃん、引いてる」
と私の糸に視線を向けた。
「え! あ、本当だ!」
慌てて持ち上げたせいかザリガニは暴れ、水面から出たところで落ちてしまう。
釣りたかったわけではないのに、逃げられるのは悔しい。
「急に引くと離しちゃうから、駆け引きしながら引っ張り出すといいよ」
「面倒くさいな」
私が肩を落とす間にも、リョウはすい、とザリガニを釣り上げた。
扇しか持ったことありません、みたいな繊細な五指で躊躇いなくザリガニを掴む。
ザリガニが暴れてもビクともしない。
「リョウって、もっとインドアな人かと思ってた」
「インドアだよ。それでもバッタとかコオロギを捕まえた経験くらいあるでしょ」
「私はない」
「トンボは?」
「ない」
「人生損してるね」
「別に損でいいよ」
リョウはまた一匹ザリガニを釣り上げた。
しっかり食いついていたスルメイカから引き離して、発泡スチロールに入れる。
「じゃあ、ミクちゃんは小さい頃何してたの?」
「なんだろう。小学生のときはクロスステッチにはまってたな」
「クロスステッチ?」
「刺繍」
「わかんねぇ」
「私たち、気が合わないね」
リョウは、そうだね、と声を立てて笑う。