通り雨、閃々
蓮の葉の上を滑るように風がやってきた。
心地よい冷たさに顔を上げると、リョウは立ち上がって空を見上げていた。

「雨降るかも」

晴れた空には、後から貼りつけたみたいな黒い雲が立ち上っていた。
風はどんどん強くなり、あたりが薄暗くなってくる。

手の甲にポツリと落ちてからは早かった。
ザアッと大きな音がして、目の前の水面がざわめく。

「屋根のあるところに」

私とリョウはタコ糸をその場に置いて、階段を上ったところにある東屋に走った。
距離はそれほどでもないけれど足場は悪く、雨脚も強い。

リョウは私の手を引いて階段を駆け上っていく。
その手も雨で濡れ始めていた。

「晴れ男は?」

東屋には他に誰もおらず、古びたベンチには毛虫が一匹いるだけだった。

「通り雨だよ。すぐに止む」

気温が急に下がり、雨に当たったせいで、むき出しの腕がすうっと冷えた。
リョウはシャツジャケットを脱いで私の肩にかける。
湿ってはいたけれどサラリと軽く、早春の朝みたいなリョウの匂いがする。

「いいよ。大丈夫だよ」

こんな女の子扱いみたいなことは恥ずかしくて、脱ごうとした。

「いや。濡れたから持ってて」

「そんな理由!?」

そんなわけがないことはわかっていた。
リョウもあはは、と笑ってバケットハットを脱ぐ。
東屋に入るとき、屋根から流れる雨水をかぶったせいで、襟足から滴が垂れていた。
金色の毛先から零れる滴は高級なシャンパンか、花の蜜のようで。
そっと指先で受けると、すうっと手首まで流れ落ちる。

「すごい雨だな」

雨と汗で張りついた前髪を掻き分けながらリョウは天を仰ぐ。
蛇口が壊れたみたいに屋根からダバダバと雨水が落ちていた。
屋根の下にいても霧のような雨粒が肌を湿らせる。

「車に傘置いて来ちゃった」

「すぐに止むよ。ほら、空は明るい」

リョウの見上げる先は確かに明るく穏やかだった。
その言葉通りだんだん弱まっていく雨を、リョウの隣で、リョウの匂いに包まれて眺めていた。

世界は、きれいだった。
このまま雨が止まなくてもいいと思った。

でも現実的には、雨が止まなければ川が氾濫し、土砂崩れが起きて、家屋が流される。
作物も育たない。
感染症も蔓延する。

雨は一時だからうつくしく、それ以上は害にしかならない。

「ほら、止んだよ」

リョウが外に出て手をかざす。
乱れた金色の髪に陽光が差していた。
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