通り雨、閃々
恐る恐る横を向くと、リョウは湯気の上がるフライパンをひたと見つめていた。

「……リョウ?」

「それってさ、何て答えれば満足?」

湯気はもうもうと上がりつづけ、やがて焦げ臭い匂いがしてきた。

「言ってよ。その通りに答えるから」

「……そういうことじゃないよ。本当のことが知りたいだけで」

「でも期待してる答えはあるでしょ? 期待してない答えも。例えば俺が『木星まで行ってたよ』って言ったら信じる? 信じないよね?」

私が聞いたことは、世間話程度のものだ。
はぐらかすことも嘘をつくこともできたはずなのに、リョウはまるで傷ついたみたいに不機嫌になった。

「『実家はない。天涯孤独だ』って言ったら同情する? 『実は妻子が待ってる』って言ったら軽蔑する? 何て言って欲しい?」

私は本当のことが知りたい。
リョウのことが知りたいのだ。
それが期待しているものとは違っても、リョウに「触れた」と思える言葉が欲しい。
それはワガママなことなのだろうか。

「あー、焦げた……」

リョウはフライ返しでガリガリと餃子を剥がす。
底はくっついて、真っ黒な板のようだった。

「ダメだね、今日は」

黒い塊をそのままビニール袋に突っ込み、生ゴミ用のバケツに捨てる。
捨てたあともリョウは、バケツを見つめて動かなかった。

「……『言いたくない』って言ってよ」

リョウが背中を向けていてくれてよかった。
今だけは顔を見たくなかった。
顔を見せたくなかった。

「言いたくないなら『言いたくない』って言ってよ。私が聞きたい「本当のこと」って、たったそれだけのことなんだよ。リョウがクズで最低でろくでもない人だって知ってるけど、そのくらいはいいじゃない」

私が聞きたいのは、リョウ自身の言葉なのだ。
「言いたくない」「話せない」何でもいい。
心からの言葉を伝えようとしてくれるだけでよかった。

それでもリョウにはできないことだったのかもしれない。
リョウは背中を向けたままだった。

会いたい、触れたい、もっと長く、もっと深く。
もっともっと知りたい。
知ってほしい。

一緒にいればいるほど、望むことが増えていくのは自然なことだ。
でも私たちはお互い支え合うことも補い合うこともない。
過去に触れず、未来を語らず。

そんな関係は、もう限界に近かった。

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