通り雨、閃々
10. 夜景
半年ほど会っていなかった愛梨から連絡がきたのは、クリスマスも間近に迫った頃だった。
『お肉食べよう! 焼き肉行こう! 奢るよ~!』
デジタル表示された文字から裏が読めるはずがなく、私は何の疑問も持たずに仕事を終えてから待ち合わせ場所に向かった。
「元気がないときは肉を食べる」以前そう言っていたことを思い出すのは、数日後のことだ。
愛梨が予約してくれたのは駅前ビルの六階にある焼肉店の個室で、昼間ならゴミゴミと埃っぽい街並みが見渡せるが、夜は300ドルくらいの夜景になる。
「沙羽~、久しぶり。変わらないね」
この時期、安っぽいイルミネーションも加わって400ドル程度に値が上がった夜景を背に、愛梨が手を振った。
「うん」
やつれていた愛梨に、相変わらずだね、とは言えず、私は廊下と部屋を隔てる襖を閉める。
「愛梨、なんか疲れてる?」
「疲労は慢性的だよね。寝ても抜けなくて」
「大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。肉食べよう! エネルギーチャージしなきゃ」
オススメセット、ライスふたつ、サンチュ、キムチ、野菜盛り合わせ、ユッケジャンスープ。
あとで余裕があったら冷麺。
愛梨はビール、私はレモンサワーをそれぞれ頼んで、おしぼりで手を拭った。
デザートにはマンゴープリンが食べたいなぁ、という愛梨に変わったところはなく、私は違和感を忘れかけていた。
「仕事やめた」
愛梨がそう言ったのは、お肉をあらかた食べ終えた頃だった。
お肉を焼いているうちはジュウジュウという音で会話もままならない。
時折聞き返しつつ無難な世間話をして、その会話が途切れたタイミングだった。
愛梨はさらっと言ったつもりのようだが、胃もたれがひどくなりそうな声色だった。
なんで? と問うべきか、そう、と受け止めるべきか悩んでいるうちに、愛梨は痛々しい笑みを浮かべた。
「不倫しちゃってさ、仕事どころじゃなくなっちゃった」
手にした割り箸が重く感じられて、私はそれを箸置きに置いた。
「……詳しく聞いてもいい?」
「珍しくもない話なんだけどさ、」
生焼けの茄子をひっくり返しながら、愛梨はぶっきらぼうに言った。
相手は愛梨と同じ病院で臨床検査技師として働く男性らしい。
彼とは就職した時期も近く飲み仲間のひとりで、恋愛感情なんて持ったことはない。
何よりも、彼は愛梨の最も仲のいい同期と去年結婚したばかりだった。
「私、友人代表の挨拶もしたんだよ」
心から幸せを願って。
こんな未来を望んではいなかった。
愛梨を知る私は、それが嘘でないことはよくわかる。