通り雨、閃々
後頭部に添えられた手は、地肌をなぞりつつ下がっていく。
うなじを引き寄せられると、頭を上げてしまいそうになって、逃れるように横を向いた。
しかし、力ずくで正面を向かされる。
これまでは、やさしく触れられただけで何でも思う通りになってしまったから、こんなに強引なリョウは初めて知った。

「私、本当はいろいろ気づいてる。気になってる。でも、聞いたってリョウはどうせ教えてくれないでしょ? 何も教えてくれないひとのところになんて行かない」

リョウの手が緩むことはなく、じっと私を見つめているようだった。

「来て」

かすれた小さな声で言われて、私は思わず顔を上げた。
誘われることも、命じられることもあったのに、こんな風に懇願されたことはなかった。

一度目を合わせたら最後。
私はあっさりリョウの視線に捕まった。
リョウの目はやさしげで、苦しげで、潤むように揺れていた。
そして、熱を測るように額を触れさせてささやく。

「お願い」

視線に耐えきれず目を伏せた私の左の目尻に、リョウはそっとキスを落とす。

「……泣いてないよ」

「うん」

今度は右の目尻に。
紫陽花の葉が朝露を受けるような静謐さで。

「泣かないよ」

「うん」

泣きそうなのは、リョウの方だ。

リョウの腕の中はあたたかい。
でも私は凍えるように震えた。
抱きしめ合っても、お互いに寂しい。
爪を立てて皮を剥いだとしても、私たちはほんの数㎜だって近づくことはない。


リョウは何も聞かないし、何も言わない。やっぱり何も教えてくれない。
部屋で私を膝の間に座らせたまま、古い映画を一本観て、そのまま一緒にベッドに入った。

「おやすみ、ミクちゃん」

ただ私を抱き締めて、リョウはさっさと眠りに落ちる。
触れ合うだけの夜はこれまでにもあったけれど、それが今夜なんて、やはり最悪のタイミングを外さない男だ。

Tシャツの襟ぐりから、白い鎖骨が見える。
そっと指でたどって、小さなホクロにも触れる。

もしリョウの生い立ちが不幸なものであっても、そんなものどうでもいいし、リョウに妻子があったとしても、やっぱりどうでもいい。
初めて会った瞬間から、私はただリョウに触れたかった。
今もただ、それだけだ。
この先にあるのが自分の不幸でも、他の誰かの不幸であっても構わなかった。

早春の朝のような深くてしずかなグリーンの香りがする。
細いくせに腕はしっかりと重い。
呼吸が髪をくすぐる。
心音が肌を伝わってくる。

今、世界を滅ぼすボタンを渡されたら、私は迷わず押すんだろうな。


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