通り雨、閃々
12. 小指
闇雲にドアレバーを回し続けて数十回。
金属のレバーハンドルは回り切らず、ガチッガチッと途中で止まってしまう。
隙間から覗いてみても、しっかり差し込まれたラッチボルトが動くことはなかった。
リビングと玄関を隔てるドアのレバーハンドルが壊れ、リビングに閉じ込められて三十分が経っている。
一月四日の仕事始めにこんなことになり、職場には電話で休暇を申請した。
『大丈夫ですか?』
上司の気遣わしげな声を聞くと申し訳なくて、反射的に気丈に振る舞ってしまう。
「はい。大丈夫です。これから不動産屋さんに連絡してみます」
不動産屋が一月五日まで休みだという音声案内を聞いたのは、その一分後。
そこから二十分、鍵屋を調べてあちこちかけてみたものの、すべて空振りで一件たりとも繋がらなかった。
なんとなくつけたままのテレビからは、普段見ることのない情報番組のにぎやかな音がする。
どうしよう……。
力いっぱいドアレバーを回しても途中で止まってしまうし、隙間にポイントカードを差し込んでラッチボルトを押し戻そうとしてもカードが折れただけだった。
何度かけても鍵屋は、留守電か呼び出し音がするばかり。
まだ朝の八時を回ったばかりだから、開店前なのかもしれない。
リビングから出ることはできないけれど、幸いにもトイレは済ませたばかりだった。
暖房もついているし、キッチンもこちら側だから飲み物もある。
でも、不動産屋さんの仕事始めを待つほどの猶予はない。
ベランダには薄く雪が積もって、出しっぱなしにしていたサンダルは冷たく冷えていた。
手すりから身を乗り出して見下ろすと、マンション周辺の植え込みや住宅街が見える。
通勤時間なので、目の前の通りを車や通勤していく人たちが通る。
ドアが開かない以上、普通に考えて脱出経路はここしかない。
しかし、いくら高所恐怖症でなくても、四階から降りることを想像すると足がすくむ。
物語みたいにシーツやカーテンをロープ代わりにすることも、飛び降りることも非現実的だ。
ベランダづたいに隣の部屋に行くか、避難梯子で下の部屋に降りて助けを求めることが現実的だろうか。
403号室のベランダとを隔てている板は、火災などの非常時にはここを蹴破って逃げてもいいことになっている。
試しに身体を伸ばしてお隣を伺ってみたけれど、カーテンが閉まっていて何も見えなかった。