通り雨、閃々
手すりも氷のように冷えていて、掴んでいた手のひらが痛い。
とりあえず室内に戻ろうかと手を擦り合わせたとき、ミシリとサッシの開く音がした。
3mほど離れた反対側のベランダに、寒そうに背中を丸めたリョウが現れた。
街並みにも空にも色味のない季節に、リョウの着ている濃いピンク色のニットはひどく浮いている。
「あけましておめでとー」
リョウは白い息を吐きながらクレヨンで書いたみたいに暢気な挨拶を口にしたが、私は返すことができなかった。
「え! リョウ? 髪……」
「色落ちするの面倒臭くなってきたし、年末に自分で戻した」
染めたばかりの髪は不自然なほど黒々としていた。
瞳の色さえ違って見えて、人見知りしそうになる。
「金髪じゃなくなってさみしい?」
少し目を細めて人の悪い笑みを浮かべる様子は紛いもなくリョウで、私は新年初めての敗北感を味わう。
「……まあ、冬だしね」
金髪じゃなくてさみしい、とも、黒髪も似合ってる、とも言えなくて、返事にならない返事をしていた。
すべてを悟った様子で、リョウはまた薄く笑う。
「で、どうしたの? こんな時間にこんな場所で」
リョウは一度暗い冬空を見上げ、もののついでのように尋ねた。
「新年早々、リビングに閉じ込められちゃった。ドア開ける方法知らない?」
惨めになりたくなくて、精一杯笑いながら言った。
しかしリョウは常に浮かべている微笑みも落とし、眉間に皺を寄せる。
「閉じ込められた?」
「ドアレバーが壊れたみたいで、出られないの」
「業者は?」
「不動産屋さんは明日まで休みだし、鍵屋さんも何件電話しても出ない」
割り切った関係だと思っていた。
リョウを頼ったり頼られたり、深く干渉はしない。
私たちはすべてを受け止め合う関係ではないのだ。
笑いながら情けなさで目が潤む。
でも、リョウは笑わなかった。
「わかった。とりあえずそっちに行く」
そう言ってベランダから身を乗り出そうとするので、私は慌てて止めた。
「え! 嘘! 待って! ダメダメダメダメ! 危ないことしないで! 怖い!」
リョウは諦めずに周囲を見回していた。
しかし、隣とは言え飛び越えられる距離ではなく、また足をかけられそうな場所もないとわかると、手すりから身体を引いた。
そして、屋根を見上げる。
「待って! 絶対ダメ! 雪積もってるんだよ? 危ない!」
「でも他に方法ない」
「だったら私が行く」
「それはダメ」
「でもリョウがこっち来たってドアは開かないじゃない」
さすがにリョウも反論せず、黒々とした髪の毛を掻き回した。
「玄関の鍵は?」
「ある」
「こっちに投げて」
勢いに圧倒されて、言われるままバッグから鍵を取り出し、リョウに向かって投げた。
中学、高校とバスケットボールをやっていた成果なのか、鍵は3mの距離を楽に越え、リョウの後ろに落ちた。
拾った鍵がリョウの手の中でシャラリと鳴る。
「すぐ行く」
とりあえず室内に戻ろうかと手を擦り合わせたとき、ミシリとサッシの開く音がした。
3mほど離れた反対側のベランダに、寒そうに背中を丸めたリョウが現れた。
街並みにも空にも色味のない季節に、リョウの着ている濃いピンク色のニットはひどく浮いている。
「あけましておめでとー」
リョウは白い息を吐きながらクレヨンで書いたみたいに暢気な挨拶を口にしたが、私は返すことができなかった。
「え! リョウ? 髪……」
「色落ちするの面倒臭くなってきたし、年末に自分で戻した」
染めたばかりの髪は不自然なほど黒々としていた。
瞳の色さえ違って見えて、人見知りしそうになる。
「金髪じゃなくなってさみしい?」
少し目を細めて人の悪い笑みを浮かべる様子は紛いもなくリョウで、私は新年初めての敗北感を味わう。
「……まあ、冬だしね」
金髪じゃなくてさみしい、とも、黒髪も似合ってる、とも言えなくて、返事にならない返事をしていた。
すべてを悟った様子で、リョウはまた薄く笑う。
「で、どうしたの? こんな時間にこんな場所で」
リョウは一度暗い冬空を見上げ、もののついでのように尋ねた。
「新年早々、リビングに閉じ込められちゃった。ドア開ける方法知らない?」
惨めになりたくなくて、精一杯笑いながら言った。
しかしリョウは常に浮かべている微笑みも落とし、眉間に皺を寄せる。
「閉じ込められた?」
「ドアレバーが壊れたみたいで、出られないの」
「業者は?」
「不動産屋さんは明日まで休みだし、鍵屋さんも何件電話しても出ない」
割り切った関係だと思っていた。
リョウを頼ったり頼られたり、深く干渉はしない。
私たちはすべてを受け止め合う関係ではないのだ。
笑いながら情けなさで目が潤む。
でも、リョウは笑わなかった。
「わかった。とりあえずそっちに行く」
そう言ってベランダから身を乗り出そうとするので、私は慌てて止めた。
「え! 嘘! 待って! ダメダメダメダメ! 危ないことしないで! 怖い!」
リョウは諦めずに周囲を見回していた。
しかし、隣とは言え飛び越えられる距離ではなく、また足をかけられそうな場所もないとわかると、手すりから身体を引いた。
そして、屋根を見上げる。
「待って! 絶対ダメ! 雪積もってるんだよ? 危ない!」
「でも他に方法ない」
「だったら私が行く」
「それはダメ」
「でもリョウがこっち来たってドアは開かないじゃない」
さすがにリョウも反論せず、黒々とした髪の毛を掻き回した。
「玄関の鍵は?」
「ある」
「こっちに投げて」
勢いに圧倒されて、言われるままバッグから鍵を取り出し、リョウに向かって投げた。
中学、高校とバスケットボールをやっていた成果なのか、鍵は3mの距離を楽に越え、リョウの後ろに落ちた。
拾った鍵がリョウの手の中でシャラリと鳴る。
「すぐ行く」