通り雨、閃々
13. 月

『以前より闘病いたしておりました息子樫井(かしい)(りょう)が七月十六日午後二時三十三分に永眠しましたのでご報告いたします
享年三十二歳という短い人生でした
遺品の中に森近様宛の封筒を見つけましたのでお送りいたします
連絡が遅くなりまして申し訳ありません
故人の遺志でもありますのでご香典などは辞退いたします
息子の生前は多大なご懇親を賜り誠にありがとうございました

十一月五日

父 樫井将司

森近沙羽様』


リョウが姿を消してから一年近く経って、ヤツの訃報が届いた。

エントランスにある集合ポストはよく確認を忘れるので、溜まったチラシとDMの間にそれは埋もれていた。
差出人にも、癖のある万年筆の文字にも覚えがなくて、エレベーターを待つ間にビリビリ破って開けた。
そこから部屋まで、記憶がない。

「リョウ」は実在したんだな。

指先は生々しく彼の手触りを覚えていても、リョウの存在を示すものは何もなくて。
あれは何かを愛おしみたいという私の中の感情が、「リョウ」という形をとって通り過ぎただけではなかったのかと、半分本気で考えていたから。

去年の七月は釣り堀に行った。
梅雨明けが遅くて湿気がすごくて、でもあの日は晴れた。
しょっぱいイワナはおいしくて、風が気持ちよかった。

今年の七月はどんなだったっけ?

週末は雪になるらしい。
世界はリョウのいない夏、リョウのいない秋を終え、リョウのいない冬になろうとしているらしかった。

雨が降っていて気温は一層下がっているのに、ファンヒーターをつける気持ちにはなれず、冷えた窓ガラスに顔を寄せた。
外を伺っても、雨粒と夜のせいで何も見えない。

手紙には封筒が同封されており、私の住所と『森近沙羽』という本名が大雑把な、そして手に力の入らない震えた文字で記されていた。

私の名前なんて、置き配の荷物や郵便物を見ればすぐにわかることだけど、リョウが知っていたことには驚いた。
そこまで私に興味ないと思っていた。

封筒の中にはリョウに貸したキーホルダーが入っているだけで、あとはメモの一枚もない。

『樫井涼』が亡くなったと聞いても、私の中のリョウとうまく結びつかない。
ただ、返ってきたキーホルダーだけは、リョウの不在を感じさせる。

『これ貸して。キーホルダー』

『ちゃんと返すよ』

リョウはふざけたヤツだったし、たくさんの隠し事はあったけれど、嘘つきではなかったらしい。
思えば最後に別れたとき、ヤツは『またね』とは言わなかった。
< 38 / 39 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop