通り雨、閃々
「おなかすいた」
そう言うと、チャーハンが山盛りに乗ったスプーンを差し出された。
卵とごま油の香りがする。
素直に口を開いたら、ぬるいチャーハンが口いっぱいに詰め込まれた。
リョウは意外とマメに自炊するのだけど、何でも強火で調理するし、調味料の配分もわかっていない。
今回もネギは焦げ、塩気の足りないぼやけた味がした。
「おいしくない」
ご馳走になっているくせに失礼な発言をしても、リョウはふふ、と笑っただけで自分の口にチャーハンを入れる。
そしてまた私の口にも運ぶ。
「人参、生焼け」
「人参は生でも食べられるよ」
「そうだけど、おいしくない」
尖らせた唇に、また山盛りのチャーハンが押しつけられた。
「でも食べるでしょ?」
ニヤニヤと笑うリョウを睨みながらも口を開いた。
やっぱりおいしくない。
リョウはその後も自分と私、交互にスプーンを運び、私も差し出されるままに食べた。
「おお、すげぇ」
映画の中で少年が作った謎の装置を見て、リョウは感嘆の声を上げる。
この映画はここで何度か観たけれど、リョウは毎回同じところで同じような反応をした。
私がいなくても同じことをしているのかもしれない。
「何回も同じの観て飽きない? 映画なんて次々新作出るのに」
「俺も新作観ようと思ってテレビつけるんだけど、結局好きなの観ちゃう。時間は有限だからね」
「新作の中に、これより好きな作品があるかもしれないよ?」
「知らずに終わる名作は多いんだろうなって思うよ」
リョウの部屋には物がない。
ソファーにローテーブルにテレビ。
テレビ台はあるけれど中身は空っぽ。
食器だって、お茶碗やお椀、箸など一人分が洗い籠に入っているだけで、私に出すグラスのひとつもなかった。
だから私は勝手にペットボトルのほうじ茶を奪って飲む。
リョウはそのことにも頓着しない。
最初にここに来たときには、引っ越すのかと思った。
次に、キレイ好きなのかとかミニマリストなのかとか考えたけれど、どれも違った。
あれは、“執着”を捨てたあとだったのだろう。
寒々しいほどのあの光景は、所有することを拒否しているようにも、自身の気配さえ厭うようにも見えた。
私はずっと異物で、それが私の寂しさの原因でもあったのだ。
ハッピーエンドの映画が終わると、リョウの手が伸びてくる。
頭を撫で、湿気で広がった髪の間を指が滑り、毛先をくるりと指にかけて軽く引っ張る。
唇が重なるのはこのタイミング。
それから肩の丸みに触れて、背中をなぞる。
それはリョウにとってはただのルーティーンで、私にとっては圧倒的な敗北だった。
「ねえ、あの子はなんで変な発明ばっかりしてるの?」
キスに酔ってしまわないようにどうでもいいことを尋ねると、
「親に捨てられたところを変人発明家に拾われて、その発明家が死んだあとは山小屋に一人で住んでたんだけど――」
と、ブラウスのボタンをはずしながら律儀に説明してくれる。
リョウの声は明瞭で耳馴染みがよく、キャンディーを舐めているように喉の奥で甘くまるく響く。
私は目を閉じてその声を聞く。
質問したくせに、肩からブラウスが落とされたあたりで頭が働かなくなった。
少年が発明する理由は、今なおわからないまま。
ベッドルームは雨の音がして、リョウの肌も湿ったような手触りがした。
そう言うと、チャーハンが山盛りに乗ったスプーンを差し出された。
卵とごま油の香りがする。
素直に口を開いたら、ぬるいチャーハンが口いっぱいに詰め込まれた。
リョウは意外とマメに自炊するのだけど、何でも強火で調理するし、調味料の配分もわかっていない。
今回もネギは焦げ、塩気の足りないぼやけた味がした。
「おいしくない」
ご馳走になっているくせに失礼な発言をしても、リョウはふふ、と笑っただけで自分の口にチャーハンを入れる。
そしてまた私の口にも運ぶ。
「人参、生焼け」
「人参は生でも食べられるよ」
「そうだけど、おいしくない」
尖らせた唇に、また山盛りのチャーハンが押しつけられた。
「でも食べるでしょ?」
ニヤニヤと笑うリョウを睨みながらも口を開いた。
やっぱりおいしくない。
リョウはその後も自分と私、交互にスプーンを運び、私も差し出されるままに食べた。
「おお、すげぇ」
映画の中で少年が作った謎の装置を見て、リョウは感嘆の声を上げる。
この映画はここで何度か観たけれど、リョウは毎回同じところで同じような反応をした。
私がいなくても同じことをしているのかもしれない。
「何回も同じの観て飽きない? 映画なんて次々新作出るのに」
「俺も新作観ようと思ってテレビつけるんだけど、結局好きなの観ちゃう。時間は有限だからね」
「新作の中に、これより好きな作品があるかもしれないよ?」
「知らずに終わる名作は多いんだろうなって思うよ」
リョウの部屋には物がない。
ソファーにローテーブルにテレビ。
テレビ台はあるけれど中身は空っぽ。
食器だって、お茶碗やお椀、箸など一人分が洗い籠に入っているだけで、私に出すグラスのひとつもなかった。
だから私は勝手にペットボトルのほうじ茶を奪って飲む。
リョウはそのことにも頓着しない。
最初にここに来たときには、引っ越すのかと思った。
次に、キレイ好きなのかとかミニマリストなのかとか考えたけれど、どれも違った。
あれは、“執着”を捨てたあとだったのだろう。
寒々しいほどのあの光景は、所有することを拒否しているようにも、自身の気配さえ厭うようにも見えた。
私はずっと異物で、それが私の寂しさの原因でもあったのだ。
ハッピーエンドの映画が終わると、リョウの手が伸びてくる。
頭を撫で、湿気で広がった髪の間を指が滑り、毛先をくるりと指にかけて軽く引っ張る。
唇が重なるのはこのタイミング。
それから肩の丸みに触れて、背中をなぞる。
それはリョウにとってはただのルーティーンで、私にとっては圧倒的な敗北だった。
「ねえ、あの子はなんで変な発明ばっかりしてるの?」
キスに酔ってしまわないようにどうでもいいことを尋ねると、
「親に捨てられたところを変人発明家に拾われて、その発明家が死んだあとは山小屋に一人で住んでたんだけど――」
と、ブラウスのボタンをはずしながら律儀に説明してくれる。
リョウの声は明瞭で耳馴染みがよく、キャンディーを舐めているように喉の奥で甘くまるく響く。
私は目を閉じてその声を聞く。
質問したくせに、肩からブラウスが落とされたあたりで頭が働かなくなった。
少年が発明する理由は、今なおわからないまま。
ベッドルームは雨の音がして、リョウの肌も湿ったような手触りがした。