不屈の御曹司は離婚期限までに政略妻を激愛で絡め落とす

 今の美鶴さんは、きちんと俺の目を見て自分の状態を話すことができる。そこから判断して、精神的なダメージも回復したのだろうと俺は安易に考えていたのだが。

「そうですとお答えしたいんですが……どうしても、癒えない傷がひとつあって」

 美鶴さんははかなげに微笑み、コーヒーに口をつける。

 そういえば少し前、千帆と事故の話をした時に思い出したが、事故に遭った時の彼女の行動には不可解なものがあった。すでに火の手の回った客室に戻ろうとしていたのだ。

 あの時は彼女の命を救うことに必死で、どうして部屋に戻ろうとしたのかまで慮ることができなかったが、その行動が彼女の癒えない傷に関係しているのではないだろうか。

「差し支えなければ、お話していただけますか? あの時、私は客室に戻ろうとするあなたを無理やり避難させました。そのせいで、心に傷を負ったのでは?」
「いえ、剣先さんのせいではありません。命を助けていただいたこと、本当に感謝しています。……ただ」

 美鶴さんが目を伏せ、口を噤む。店内のスピーカーから流れるゆったりしたピアノジャズを聴きながら、俺はジッと彼女が言葉を継ぐのを待った。

 しばらくして、美鶴さんが顔を上げる。

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