不屈の御曹司は離婚期限までに政略妻を激愛で絡め落とす

「斗馬さん」
「ん? ああ、行ってらっしゃいのキスだな?」

 のんきに微笑んで、身を屈める。甘い気持ちで目を閉じ、千帆の唇を塞ごうと顔を近づけた。しかし……唇に触れたのは、想像していたのとは少し違う感触。

 目を開けると、千帆の細い指先が俺の唇を押し返している。

 なんだか前にもこんなことがあったような気がする。確か、離婚を言い渡されてすぐの頃だ。

 どうしてまた今回もキスを拒否するような真似を――。

 困惑する俺に、千帆は挑むような眼差しを向けて言った。


「出張の前に、ハッキリ言っておきます。私、やっぱりあなたと離婚します」


 瞬間、頭が真っ白になる。

 今、彼女はなんと言った? 俺と離婚すると、そう言ったのか?

 呆然とする俺にそれ以上の説明が与えられることはなく、千帆はスッと唇から手を放し、キャリーケースの持ち手を握ってくるりと踵を返す。

 そこでようやくハッとした俺は、スリッパのまま慌てて玄関に下り、彼女の腕を掴んだ。

「待ってくれ。どうして今になってそんなことを言うんだ」
「気安く触らないでください」

 千帆は迷惑そうに俺の手を振りほどき、眉根を寄せた。

 その台詞も、過去に聞いたことがある。まるで、彼女が俺に失望しきっていた頃に時間が戻ってしまったかのようだ。

 なにが彼女をそうさせている? 俺はなにもやましいことしていないのに……。

「……とにかく、約束ですから」

 途方に暮れる俺を玄関に残し、千帆は逃げるように玄関のドアから出ていく。

 そして俺たち夫婦の心を分断するかのように、ドアはガチャリと重い音を立てて閉まった。

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