不屈の御曹司は離婚期限までに政略妻を激愛で絡め落とす
薄暗い廊下を通ってひとつの扉の前まで来ると、私は佐藤くんを見上げた。
「小さなお店だけど個室があるのね。みんなはここに?」
「みんな?」
「ええ、だって先に来ているんでしょう?」
彼の横顔に尋ねてみるけれど、返事はない。彼の瞳は長い前髪に隠れていて、感情が読めない。
「ごめんね、千帆ちゃん」
「えっ?」
「嘘なんだ、みんながいるなんて」
そう言って、小首を傾げた佐藤くん。さらりと揺れた前髪の隙間から、にこりと細められた目が覗く。
笑っているのに得体のしれない迫力があって、私は自然と一歩後ろに後退した。
「嘘って、どうして? なんのために……?」
「どうしても話したいことがあって。別に乱暴はしないから、逃げなくていい」
佐藤くんはそう言って、扉をガチャリと開ける。そこはナチュラルな木製の家具が並んだ部屋だった。ベッドやデスク、本棚などのインテリアが並んだそこは、明らかに飲食店の個室ではなく誰かの私室のようだ。
ラグやベッドカバーが白や花柄のやわらかい雰囲気なので、おそらく女性の部屋だろう。部屋の主は不在のようだけれど……。