公爵の娘と墓守りの青年
「――折角の綺麗な唇なのですから、噛まないで下さい」

不意に自分以外の声が聞こえ、彼女は驚いて声の方向に顔を向けた。
見覚えのある顔に、彼女は目を見開いた。

「トーイ……?」

掠れた声で彼女は見覚えのある人物の愛称を呼ぶ。

「どうか、自分を傷めないで下さい。カエティスが悲しみますよ、ネレヴェーユ様」

柔らかく微笑する人物に呼ばれ、自分の名前がその名前だったことを彼女――ネレヴェーユは思い出す。
人の名前は覚えているのに、自分の名前を忘れていたことに少し驚く。
そんなことより、閉じ込められている部屋に何故、よく知っている人物がいるのか疑問に思った。
その疑問が自然に血が滲んだ唇から紡がれる。

「トーイ。貴方、どうしてここにいるのですか……?」

ネレヴェーユの問いに、彼女の目の前に立つ金色の髪、優しげな緑色の目をした青年は苦笑した。

「呼ばれたのですよ、貴女のお父上に」

「え、お父様に……?」

「貴女のお父上は卑怯ですよね……。ご自分が閉じ込めたのに、今は関係のない、もう別の生を受けている私を魂の奥から呼び起こして、私に貴女をこの部屋から解放するように言ってくるのですから」

眉を寄せ、腕を組んで小さく溜め息を吐いて青年は答えた。
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