【完結】終わった恋にフラグはたちません!
◇ ◇ ◇
三栗谷 祐一、現在三十二歳。
私とゆうちゃんが出会ったのは、大学サークルの飲み会だった。もともと兄の友人だったゆうちゃんが、サークルOBとしてその飲み会に出席していたのが始まり。
そして、当時の私は本気で誰かを好きになってしまうことに抵抗があった。
この背の高さに加え男勝りな性格、それに可愛げのない態度、オタク……昔から好きになりそうな男性がいたとしても、相手の “友人” という枠のシャッターですぐ心を閉ざされてしまう。その先の恋人という空間まではなかなか行かせてくれなかった。
けれどもそれは、今まで自分が何の努力もしてこなかった結果。背が高くてもオタクでも可愛げのない態度でも、可愛くなりたいと努力した者にはきっと幸せな結果がついてくる──
「ハァ、ハァ、ハァハァ、ハァ──……」
全速力で外に出た私は、場外の隅っこで激しい息切れに見舞われていた。
──気持ちも頭も体力もやっと落ち着きを取り戻したのは五分ほど経った頃だろうか。……頭が少しずつ鮮明になってきたのと同時に、八年ぶりに逢ったばかりのゆうちゃんの姿が目に浮かんでくる。
あぁ……あの三年間は何だったんだろう。大柄な自分をカバーする為に、漫画好き、アニメ好き、可愛げのなさ──そんな本性を全部封印して、ゆうちゃんに好かれようと嫌われないようにと、必死で可愛いらしい女子を作りあげていったのに……こんな八年も経ってあっさりとバレちゃうなんて──
何もオタクが悪いってわけじゃない。ただ私にとって、自分の本性が好きな人に知られるのが何より怖い……それがとっくの昔に終わった恋だとしても。
──『伊織』
何とも言えない脱力感の中、微かに耳に焼き付いたゆうちゃんの声。それが頭の中で何度もリピートしてくる。
それにしても、あのうさ耳にTシャツって……ゆうちゃんはあそこで一体何をしてたの? 仕事が何か?……──って今更考えても意味がない。あっちも多分私のことなんてすぐ忘れる……
私も今日のことは忘れよう、なかったことにしよう。
──そう、思うのに……ゆうちゃんの姿があまりにも昔と変わっていなかったから。髪が伸び少し落ち着いた雰囲気を醸し出してはいたが、背も高くてイケメンで優しい低めなボイスで……
私は傍にある外壁に身を預け、少し虚ろ気な目線を下に移し小さな溜め息を吐いた。
「ハァ─……相変わらずのイケメンなんだから」
八年前の気持ちなんてとっくに忘れたはず……なのに、一目逢って一瞬でその時の淡い気持ちが蘇ってくる。終わってしまった恋だと言うのに人の気持ちとは不思議なもの。
めちゃくちゃ残念だけど、今日はもう帰ろう……ゆうちゃんに何があったかわからないけど、今更自分の本性がバレたところでもう逢うこともないだろうし。
それよりも今日の寝床だ。
── あ─あ……また、ネットカフェかなぁ─、昨日今日と本当についてない。
必死に隠してきたものが呆気なくバレたという脱力感は今だ残るものの、ここでまた気持ちの切り替えの早さが功を奏した。
──でも……
この時までの私は軽く考えていたのかもしれない。
寝床以外は週が明けたらまた同じような日々が始まるのだと──そう、信じて疑わなかったのだ。