【完結】終わった恋にフラグはたちません!
部屋の中へ入ろうとは決意したが、まだ一緒に住むという心の準備なんて全くできていない。一度は一緒に住んでいた仲だとはいえ……あれからもう八年経っている。気まずさだってある。
──それなのに、突然現れた澪先生の姿に驚いた私は、顔を赤くして目のやり場に困ってしまったのだ。
な、なんでそんな艶っぽい格好しているんですか──!?
お風呂から出たばかりなのか、澪先生は上半身裸で大きめのタオルを肩にかけたまま。伸びた髪はまだ少し濡れていて、午前に逢った時のあのボロボロな格好とは似ても似つかないイケメン全開の彼がそこにいたのだ。
「おかえり」
「……ちょ、ちょっと澪先生! そんな格好で外に出ないでください!」
「だってさ、エントランスのオートロックを開けました─ってスマホに通知来てから伊織、一向に来ないし心配になったんだよ─」
「……え、今ってそんな通知来るんですか?」
「他は知らないけど、ここは防犯上にね。──それより伊織、何で敬語なの? ずっと “澪先生” って呼び方だし」
だって……もう他人じゃない。名前で呼んだり、元嫁を仕事の担当になんてしたり……馴れ合うほうがおかしいでしょ。
「しばらく置いて頂けるのは有難いのですが、私にとって澪先生は、担当の先生ってだけですから。仕事の立場上、ちゃんとわきまえないといけません。澪先生もこれからは私のこと名字で呼んでくらひゅ 、ぐっ──」
突然モゴモゴする口の中。急にそこから先の言葉が出なくなってしまう。
その原因は、話している私の口の中に澪先生が何かを放り投げてきたからだ──それは舌の上をコロコロと転がる……小さくて少しトゲトゲしていてとても甘い。
これって……金平糖?
「伊織、これ好きで昔よく食べてたでしょ。ほのかに甘いものを食べると疲れが取れるって。……お疲れ様、伊織」
…………───────
── 『今日も一日お疲れ様、伊織。金平糖、食べる?』
『ありがとう、ゆうちゃん。……金平糖って昔から好きだったけど、ゆうちゃんがくれる金平糖は別次元。なぜか疲れもすぐ吹き飛んじゃうんだよね─』─────
──────…………
あ……
昔の想い出と一緒に、自分の肩の力が少しずつ溶けていくような気がした。私はゆうちゃんの言葉に戸惑いながら顔を見る。
……もう、何でそんな昔のこと覚えてるのよ。調子が狂う──……でもね、先生知らないでしょ?
私はもう、金平糖なんて八年前から食べていないんだよ。