【完結】終わった恋にフラグはたちません!
第七話 ☆ 石川君の事情

高層マンションの朝はとても静かだ。
犬の鳴き声もなければ他の住人の話し声も聞こえない。今までの環境からしたらとても熟睡できそうな場所。
──でもなかった、私にとっては……

ゆうちゃんとの突発的な口約束から三日──日々、朝起きる度に猛烈な後悔の嵐が私を襲ってくるのだ。

いや、そもそも私が男性に好かれるためのテクニックなんて……今まで持ち合わせていたか?
答え── 皆無

あぁぁ──! だよね? そうだよね、何であんなこと言っちゃった、私?
……そうよ、あの時は異動やら将来のことやらゆうちゃんの艶っぽさにやられて、頭がどうにかなってしまって、ついあんなことを。

でも、『女性だけを好きになる体』──とは?
興奮しててよくわからないワードが口から出ちゃってたけど……それってつまり、ゆうちゃんに女性の良きところをアピールしていくってこと?

それって男性にはないところ……女性ならではのセクシーさとか母性本能とか可愛らしさや体つき……夜の営み?
いやいやいや無理無理無理! 女性らしさを欠いた私に、もはやできる所業じゃない。
それに八年前、既に頑張って女性らしく振舞った結果があれだし……今更、ゆうちゃんだってこんなお古にトキメかないでしょう?

この三日間、朝方までずっと悶々とした想いを胸に抱えていたらさすがに眠気が襲ってくる。
ふと目覚まし時計に目を向けると、針は六時十分を回っていた。また眠りにつけるのかもわからないし時間的にも中途半端。

ハァ─……珈琲でも飲んで目を覚ましちゃおうか。

ベッドから気だるい体を無理矢理剥がし、大きなあくびと同時に部屋を出た私はキッチンのあるリビングへと向かう。

リビングは先生の仕事部屋よりも更に広く、そこには対面式キッチンや大きなソファーが置いてあり、角部屋を活かし二面の壁には大きな窓が設置された作りとなっている。そしてそのリビングのドアを開けると、窓の外に広がる朝焼けが目の前に飛び込んでくる絶景には毎度驚く。

「──あれ? 石川君?」

この時間だし、夜によく一人で作業している澪先生はまだ寝ていることが多い。だからこの三日間、朝はまだ誰とも逢ったことがなかった。

そんなこともあって当然、誰もいないと思い無意識に入ったキッチンでは、石川君が少量の洗い物をしている。
この三日間である程度の物の場所は把握できていた私は、石川君と同じキッチンスペースに入り珈琲を探しながら会話を投げてみることにした。

「おはよう。石川君達も昨日ここに泊まったんだね」
「……うっす。終電なくしちゃったもんで」
「そっか─、でも今日なんでこんなに早いの?」
「……ちょっと、家で作業しなきゃいけないこともあるんで」
「そ、そっか─……」
「………………」

き、気まずい。
石川君とちゃんと会話したの初めてだけど会話が続かない。聞いたことにはちゃんと答えてはくれるけれど、自分からはあまり話したくなさそう。でもこういう無言の空気って苦手なんだよね─、何か話題、話題……

「──あ! もしかして石川君って大学生? 硬派なイケメンだから大学じゃモテるで……」
「二十七っす」
「え、に、二十七? ……私と三つしか違わないじゃない」
「……そう、なんですか」

二十七? そんな若い見た目で二十七?! なのに何、そのツルツルした肌にサラサラな黒髪……既に女の私が負けてない?


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