【完結】終わった恋にフラグはたちません!

そんな青二才の若者を前にしてだいぶ大人げのない私、立木 伊織(たちき いおり)は、まだギリギリの二十九歳。
二十五歳の時に転職した出版社で、今は絵本の編集者として毎日忙しく走り回っている。──でも、いずれは少女漫画雑誌の編集者になることが今の夢。元々、そちら方面を希望してこの業界に入ってきたのだ。

見た目と違い、昔から胸キュンする少女漫画が私の心の癒しとなっている。その癒しは二十九歳の今となっても変わってはいない。だから常に巷の胸キュン要素に妄想を馳せているというわけ。

そしてもう一つ付け加えると、残念なことに可愛げのない175センチの大柄女子だということ。
黒髪のショートカットにややつり上がり気味の大きくも小さくもない瞳。細身な体系ではあるが、そのような背の高さだと一瞬、男性に見間違われることもしばしば。

それに可愛いものが好きという隠した内面と全く違う外面は、一応クールな女性として見られている──そのせいで、女子高生時代はかなりの女子にモテたという黒歴史があった。
男性並みに高い背のことは昔から同じようなことを言われ続け、十代の頃は自分の外見が嫌になるほどのコンプレックスを私は抱えていた。

──そう、あの時までは……


ふと腕時計に目を向けると針が指すのはちょうど二十時半。今日は比較的、早く帰れたほうだ。
満員電車を降りても相変わらず駅のホームは大勢の人でごった返している。そんな混雑も私は細身のヒョロッとした体系を活かし、ヒョイヒョイと人混みの中を上手くすり抜けていく。この三十……いえ、二十九年で身につけた生きていく術。

二十代を様々な経験で駆け上がってきた私にとって、心の切り替えの早さという術も自然と身につけていたようだ。
もう先程の嫌な記憶はどこかへ飛んで行き、いつの間にか私の気持ちは明日の楽しいイベントへと持ってかれていた。

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