【完結】終わった恋にフラグはたちません!
「それ以上やると、暴行、傷害、侮辱などの罪に問われますよ」
おっさんのその振り下ろそうとする右手首を慌てて掴んだ僕は、咄嗟に大学時代に少しかじった程度の法律の言葉を並べ言い放った。
「……な、なんだよぉ─、俺は客だぞぉ─」
まだ言うか!?
今だ彼女の右手首に触れ続けている姿を見た僕は、急激にそのおっさんが腹立たしくなってきた。
「彼女は綺麗な女性ってだけで、お店の店員でもなければあなたに絡まれる筋合いもない。もしそれでも何か言いたいことでもあれば弁護士の私が話しを伺いましょうか?」
「べ、弁護士!?……あ、いや、そこまでは─、お、俺ももう帰るからさ!」
なら、とっとと彼女の手を離して帰れ!
口から出任せで放った “弁護士” という言葉で急に酔いが醒めたのか、おっさんは大人しくその場を去っていったのだ。
── ハァ─……弁護士なんて嘘ついたからどうなることかと思ったけれど……正常な判断ができない奴で助かった。
「あ、あの、ありがとうございます! 弁護士さんが近くにいて助かりました」
気付くと、彼女が深々と頭を下げお礼の言葉を述べてきたが、その言葉にばつが悪そうにする僕。
「あ─……ごめん。実は僕、弁護士でも何でもないんだ。つい咄嗟に言葉が出てしまって……ごめんね」
「え、そうだったんですか。 でも……それでも助けて下さったのには違いないですから……ありがとうございました」
「い、いえいえ」
僕の顔を見ても声を聞いても忘れているらしく、彼女はあの時の僕とは全く気が付いてない様子だ。会話すらあの時以来なのだから仕方ないのかもしれないが。
僕はふと腕時計で時間を確認。
久しぶりに逢った彼女と、もっと話しをしていたいけどそろそろ皆のいる場所にも戻らないといけないしな。
「あ─……じゃあ、僕はこれで──」
「あの!! 」
突然、彼女が大きな声と共に僕の服の袖を引っ張った。その反動で僕の体は少しつんのめってしまう。
「あ、急に引っ張ってごめんなさい! あの、一つお尋ねしても良いでしょうか?」
「ん? なに?」
「──その…… “風の舞” という居酒屋はどこにあるかご存知でしょうか?」
「風の舞? え、僕、今そこでサークルの飲み会をしていて」
「えっともしかして……國澤大学のテニスサークルですか?」
「そうそう、僕はそのサークルのOBなんだけど──ってあれ? 君もそこ?」
あれ……彼女が入学してからのこの二年間、サークルでは見かけたこともなかったけれど。
「はい……って言っても籍を置いているだけで、ほとんどサークル活動や今回みたいな飲み会には参加したことないんですけどね。兄の頼みで今回の飲み会も仕方なく」
「そ、そうなんだ!」
なんと……司! グッジョブだ!!
「でも良かった、迷っていたので同じ参加者の方に逢えて……あ、でも私がただの女性ってすぐわかりました? 私、こんな格好をしてると背も高いからよく男性と間違われるんです」
いやいや、君がとても素敵な女性であること、僕はよく知っているから。
「あ、それは僕が前に君の──……」
彼女との偶然についテンションが上がり、以前司の家で逢っていたことを口に出そうとした。……けれど、その先の言葉を咄嗟に飲み込んでしまう。
彼女はバイセクシャルのことを理解してくれる側の人だと思う……思うけれども僕はその時、少しだけ臆病風に吹かれてしまったのだ。
もし彼女の考えがあの時と変わってしまっていたら。もし、彼女に拒絶されでもしたら。
──もし……この偶然が彼女との最後になってしまったとのだとしたら……
急に怖くなって僕は口を噤んでしまった。
「どうしましたか?」
「あ─……っと、いや何でもないよ。サークルの皆も待ってるだろうし居酒屋に急ごうか」
「はい」
──そしてその三か月後。
僕と伊織は彼氏彼女としてのお付き合いをスタートさせたのだった。