【完結】終わった恋にフラグはたちません!

──現在、十八時五分。

巻さんが書いてくれた住所を地図アプリで調べてみると、降り立った最寄駅から徒歩五分の所にその豪邸はあった。

今までこの駅を電車で何度も通り過ぎたことはあるけれど、降り立つのは初めてだった。思っていたよりも綺麗で閑静な住宅街が多い印象。

それにしてもすっごい豪邸……ゆうちゃんもそうだけれど、売れっ子漫画家ともなるとやっぱりケタが違うな─。

その豪邸、青雲先生宅のインターホン前に立つ私は、会社近くの和菓子屋さんで買った手土産を持ちながら呼吸を整え始めている。やはりいくつになっても初対面の人と逢うというのは緊張してしまうもの。

──『立木さん。渡したら()()逃げ……帰るんだよ!』

……ん─、でも巻さん。念を押すみたいな捨て台詞を残していったけれど、何か問題でもあるのかしら?

巻さんの最後の言葉を思い浮かべながら微かな不安を残しつつも、私はインターホンに手を伸ばした。

“ピンポーン”

“─────”

あれ? 反応なし? ……おっかしいな─。先生は今日一日、締め切りに追われているはずだって巻さん言ってたのに。

“ピンポーン”

“─────”

もう一度チャイムを押してみるがやはり何の反応もない。

この資料、今日中って言ってたしな─……困った。巻さんに電話……ってまだあっちで会議中かも。

あれこれと考えを張り巡らせながらも自分の腕時計をチラチラと見つめる。
今は十八時二十分──

仕方ない。ゆうちゃんに少し遅れるってメッセージを入れておこ……


──“ガタン!!ガタガタガタ、ドンッ!”


鞄からスマホを取り出そうとしたその時だった。

突然、家の方から大きな音が立て続けに響き渡り、一瞬のその音に驚いた私は目を丸くして体を縮こませてしまった。

な、なに、何の音?……青雲先生の家から聞こえたよね。もしかして家にいるの──あ、ま、まさか! 締め切りに無理がたたって……中で倒れてたり? それとも……泥棒?

青雲先生宅の玄関は、大きな門の先にある六段ぐらいの階段を登ったところ。

どちらにしても緊急案件だ!

初めての場所で少し躊躇もあったが、私は思い切って門に手をかけ階段先の玄関へと駆け上がっていった。

白い西洋風の大きな扉が(そび)え立つ玄関にはもう一つ仮のチャイムが備え付けてある。私は再度チャイムを押し続けながらドアをドンドンッと強く叩く。

「あ、あの! 大丈夫ですか!? 私、巻代理の立木と言います! ……あの! いらっしゃいませんか!?」

緊急かもまだよくわからないのに冷静になって考えてみれば、この時の私はかなり近所迷惑な人間に見えただろう。
そしてドアの前で三分ほど同じ行為を繰り返した頃……やっとその重きドアが開いたのだった。
中からは気だるそうな低い声で文句を吐きながら、一人の男性が出てきたのである。

その男性、長めの髪を雑な感じで一本に結び、無精ひげを生やしている。中肉中背で中世的な顔立ち……たぶんちゃんと整えていたらかなりの美形になるのではなかろうか。

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