【完結】終わった恋にフラグはたちません!
ラフなルームウェアを着たその男性は大あくびをしながら、服から少し見える腹筋の割れたお腹をボリボリと搔いていた。
「うっさいなぁ─、これからいい所なのに……何だよさっきから、誰ぇ─?」
「──あ……、あのはじめまして! 私、高藤出版の立木と言います。巻の代わりに今日は青雲先生にお届け物を……と、言いますか、先程、中ですごい音がしましたけれど大丈夫でしょうか?」
「あ──、別に。仕事終わりの運動してただけ。でもあんたか、まきちゃんの代わりの後輩って。……へ─……ふ─ん、意外と俺好み」
腕組した男性は玄関の壁に寄っかかりながらニヤニヤと、上から下まで品定めするような目で私を見つめてくる。
その男性の凝視する目つきに居たたまれなくなった私は、早くこの場を立ち去ろうと決意を固めた。
「あ、あの! もしかして青雲先生は……」
「僕だけど」
やっぱり……とにかく、早くこの資料を渡してさっさと──
── “ドンッ!”
青雲先生に資料を渡そうと鞄から封筒を取り出そうとした時、突然、家の中から一人の女性が飛び出し私にぶつかってきたのである。
見るとその女性は大学生のような若い顔立ち、服も髪も乱れつつ顔は赤く染まっている。中で何をしていたのか慌てて飛び出してきた様子だ。
「す、すみません! せ、先生、それでは今日のところは失礼します!」
その一言だけを言い残し、彼女は急いでその場から離れて行ってしまった。
唖然とした私は逃げるように去っていく彼女をしばらく見つめながら、頭の働きを再起動しようと模索する。
え─と、今の……何? え、誰? アシスタント? 彼女?──いや、だとしたら歳、離れすぎでしょ?
青雲先生は独身で見た目は確かに若い。見た目だけで言うなら二十代と言っても周りは驚かないだろう。しかし実際は四十代半ばに差し掛かろうとしている中年のおじ様なのだ。それにあの子はせいぜい二十代前半──。
「あ─あ─。せっかく彼女と仕事終わりの運動してたのになぁ─……誰かさんが来た隙に帰っちゃったよ」
えっ? いや、私のせいじゃないでしょ!? そもそも先生達、一体何の運動していたんですか?
「まぁいいや。ちょうど代わりの子も来たし……ねぇ、え─と、立木さんだっけ? ちょっと付き合ってよ!」
「えっ!あ、あの、せ、青雲先──」
大声で抵抗する間もなく青雲先生に腕を掴まれ、勢いよく家の中へ引きこまれてしまった私。身の危険を感じ恐怖さえもあった私は途中から声が出なくなっていまう。
そして、二人が吸い込まれていったその先をまるで誰にも見せないかのように玄関のドアがゆっくりと閉まり、最後にはガチャリという鍵の音と共に完全にその退路を封じられたのだった。