【完結】終わった恋にフラグはたちません!
第十話 ★ 八年ぶりの誘惑(祐一side)
【ルナ・オーベルジュ】
宿泊施設を兼ねたそのレストランは、最寄駅からバスで十分ほどの所にある高台の上に、ポツンと一つだけ建っていた。
地元ならではの食材を使用した料理は、お客の舌を満足にさせるほどの定評がある。人気のあるレストランだが、ここのオーナーとは以前からの顔見知りということもあり急遽、特別に席を設けてくれたのだ。
僕は腕時計の針をチラッと眺めては溜め息を吐き、針を見ては溜め息を吐き……伊織を待っている間、その行為を何度も繰り返していた。
現在の時間は、十九時十分を回り始めたところ。
待ち合わせの時間はとっくに過ぎているのに伊織が来る気配はまるでない。
「お連れ様、なかなかいらっしゃらないですね。この辺りは高台のため夜はまだ冷えます、もし良かったら中でお待ちになられますか?」
入り口のドアから出てきたこのお店のオーナーは僕を心配して一声かけてくれた。
「ありがとうございます。でも、もう少しだけここで待ってみます……それよりも予約時間を過ぎてしまってすみません」
「いえいえ、そのことはお気になさらず。では、何かございましたらお声をかけてください」
オーナーはそう言い残すとお店の中へと戻っていく。そしてそれを見計らったように僕は鞄からスマホを出し、もう一度伊織に電話をかけてみるがやはり出ない。
ん─……メッセージも既読にならないし電話も繋がらない。──伊織になにかあったのかな?
妙な胸騒ぎを覚えた僕は、もう一度伊織に電話をかけようとスマホの画面をタッチしようとしたその時──
──“プルプルプルッ、プルプルプルッ”
突然、着信音が鳴り響き僕は慌てて通話ボタンを押した。
「い、伊織!? 今どこに……」
『もしもし澪先生? 巻です。……え、もしかして立木さん、まだそちらに行っていないんですか?』
「まきちゃん……。うん、まだ彼女が来てなくてね─、まきちゃん何か聞いてない?」
僕のその問いかけに対しまきちゃんは一瞬口をつぐんだが、直ぐ様自分が頼み事を一つお願いしたことなど今までの経緯を話してくれたのだった。
『すみません、先生。僕も立木さんに電話したんですけど出なかったので先生の方に。──それに少し心配もあったので』
「心配?」
『ええ。……今日、立木さんが資料を渡すはずの青雲先生、少しばかり困った所のある先生で、締め切り前だし他のアシスタントさん達もいるだろうから、すぐ帰れば大丈夫だと思っていたのが安直な考えでした……』
「青雲先生って確か、女性に手を出すのが早いって噂の?── え、ちょ、っとまきちゃん、それってヤバいんじゃ! ねぇその青雲先生の住所、今すぐ教えて!!」
妙な胸騒ぎはこのことだったのか!?
あぁ──何でまたそんな奴のところに……まきちゃん恨むよー!
『あ、はい、住所は────です! あ、でも澪先生、青雲先生はそんな噂の──』
住所を聞き終えすぐに走り出した僕は、途中言いかけのまきちゃんの言葉を聞かず通話ボタンを切ってしまう。
だってその時の僕はもう伊織のことしか頭の中になく、他のことなんて頭に入る余地はこれっぽっちもなかったのだから