【完結】終わった恋にフラグはたちません!
「…じゃが、それには一つ条件がある……澪先生っ!」
「は、はい!?」
「代わりに澪先生にはうちの娘、亜里沙と見合いをしてもらう」
今度は誰もが、唖然とし過ぎて声も出せずにいる。今、何が起きているのか情報が複雑過ぎて頭の処理能力が追いつかない。
ゆうちゃんが……亜里沙さんと、お見、合い…? え、なんで?
そして、この静寂で重苦しい雰囲気を最初に壊したのはゆうちゃんだった。
「石川さん、ちょっと待ってください。なぜ僕がお嬢様とお見合いを? 意味がわからないのですが」
「そうだよ父さん! なんで澪先生が亜里沙と見合いをしなきゃならないんだよ」
真っ当な反論だよ、ゆうちゃん、石川君!
ゆうちゃん達のその言葉を皮切りに、組長は自分の和服の袂からゴソゴソと、何かを探りだすような行動を取り始めた。
それはまるで、中からなにか危ないものでも出てきそうな雰囲気──
そしてお目当ての物を探しだしたのか、組長はゆっくりとそのぶつを私達に向けてきたのだ。
え、なに、なんなの!? 短刀? 拳銃!?
「あ─、あったあったこれこれ。澪先生の漫画 “この恋の帰る場所” の第一巻。すまんが澪先生……ここにサインを頂けますかねぇ? あ、最初に幸三さんへと書いてください」
「はぁ? ちょっと待って父さん……もしかして澪先生のファン、だとか? いやいやまさか父さんがねぇ─」
「澪先生のファンで何がおかしい? まぁ、もともと漫画なんて読んだこともなかったんだが、亜里沙が先生の漫画を貸してくれたのがきっかけで、それから澪先生の漫画にはまってしまってなぁ」
「え─と、まさかなんだけど……澪先生のファンだから亜里沙と見合いを?」
だとすると、組長さんはただのミーハーじゃん!?
「私が言ったことじゃない、亜里沙が私に話しを持ち掛けてきたんだ。まぁ、私も澪先生なら大歓迎だしな!……それより先生。お返事はどうですかな? 別に断ってもよいがその時は大和に漫画家としての将来を断念してもらうだけだ」
そんな言い方をしたらゆうちゃんが断れないってきっと組長さん達は思っているんだ。
何だかんだ言っても、やはりこの人はヤクザのトップに君臨する大親分なんだ、タダでは起きない交渉術を持っている。
「──ゆう、ちゃん……」
ゆうちゃんはしばらく無言で悩んでいたが、そのうち大きく短い溜め息を吐くと共に何かを決心したかのように組長へ進言し始める。
「わかりました。その話し謹んでお受けいたします」
──え……?
「そうかそうか! じゃあ、早速日取りを……」
「いえ、ちょっとお待ちください。一つ、こちらからも条件を出させて頂きたいのですが」
「……ほぉ─、私に条件を申し出るか──いやわかった、良かろう。で、澪先生の条件とは?」
「先程の受けると申しましたのはこのお見合いに関してです。
そこから先のことは石川さんの介入は一切なしにして頂きたいのです」
「あ─…見合い後に付き合うか断るかは自分達に委ねろ……ということか。まぁ、それは別に構わんが……亜里沙もそれで良いか?」
「はい」
亜里沙さんは恥ずかしそうにそれだけ答えるとゆうちゃんをジッと見つめ直し頬をピンク色に染めた。
一見、亜里沙さんはおしとやかで大人しそうで、ゆうちゃんを愛しい目で見つめている女性に見える。
でも、何だろう……
時折見せる寂しい眼差しが、妙に私は気になってしまったのだ。