【完結】終わった恋にフラグはたちません!

「伊織さん。そろそろ会社に行かなくて宜しいのですか? ここは(わたくし)が責任持ってお預かりしますので」

そう言った亜里沙さんは何でも完璧にこなす。
私の代わりに朝食も手際良くすぐ作っちゃうし、お風呂掃除や部屋の掃除……この短時間でいくつの家事をこなしているだろう。
石川君が言うに亜里沙さんはどこに出しても笑われないよう、小さい頃から様々な習い事などをしてきたらしい。そんな彼女は私とは到底、似ても似つかない相反する女性。

「はぁ、じゃあ、すみませんが後はよろしく、お願いします」

いや、何で私がお願いしなきゃいけないのよ。
──でも、確かにもう家を出なければ会社に遅刻してしまうし……けど、亜里沙さんとゆうちゃんのことが気になって、なかなか足が玄関へと向いていかない。

と言っても仕方がないし。
渋々、後ろ髪を引かれながら玄関へ行き靴に履き替えていると、仕事場からゆうちゃんが走り寄ってきたのである。

「待って伊織。 なんかごめん、変な展開になっちゃって。改めて言うけど僕はちゃんと昨日断ったから。……それに亜里沙さんにも色々と事情があると思うし」

事情…? 事情って何!?
なんかゆうちゃん、亜里沙さんに肩持ち過ぎじゃない。それに断ったのに来るってどういう神経?

ゆうちゃんの放った一言が、私の心を更に醜くさせる。

それに、断ったっていう言い訳だって、()()への謝罪を述べているよう──

──恋人? 私が? ……ううん、そんなわけない。
ゆうちゃんが私に謝罪する必要なんてないはず。

…じゃあ、今の私達の関係って一体何?

元夫婦、担当者と漫画家、同居人、変な取引をした者同士……どれも合ってはいるけど私の気持ちは違う。

私がゆうちゃんと本当になりたい関係って──

「伊織、どうした? 気分でも悪い?」

ゆうちゃんは優しく心配そうな顔で見つめてくる。

ねぇ、ゆうちゃん…その目に私がまた写ることって…あるの、かな……

「伊、お……」

この時の私はどうかしていたのかもしれない。…ううん、違う、そうじゃない。
どうにもなんてなっていない……
私はゆうちゃんに亜里沙さんや他の誰でもなく、私だけをずっと見てほしかった。
それは、ただの嫉妬だ。

自分のほうを見てもらいたい一心で、私はゆうちゃんに勢いよく抱きついた。ギュッと力の限り──

そして唇を重ね自分からキスをする。

いつの間にかそんな大胆な行動にでている自分がいた。

また傷つくのが嫌で怖くて、ゆうちゃんへの本当の想いに蓋をしてきたけれど、やっぱりもう抑えられない……何度でも気づかされてしまう。


“私は別れてからもずっと、ゆうちゃんのことが好きだったんだ”

──簡単で単純なたったそれだけのことに。

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