【完結】終わった恋にフラグはたちません!
出来れば、今は少し一人にしてほしいという思いもあって私は石川君に帰るよう促したつもりだった。
けれどそれに反して石川君は私の隣にドサッと座ってくる。
「えっと…石川君?」
「あの、すみません、妹が迷惑かけてるっすよね。……あいつ、夕方になって突然泊まるって言いだして…澪先生は女の子だからって家に帰そうとしてくれたんっすけど、亜里沙のやつが聞かなくて。まぁ、立木さんや律もいるし俺と同室で泊まるんだったらってことで、澪先生もOK出してくれて」
「そう、だったんだ」
ゆうちゃん、最初は断ってくれたんだ……
「あの、立木さん……もしかして、なんっすけど……さっき泣いてたのって、澪先生のこと、っすか?」
「えっ! あ─、それはさっきも言ったけど、目にゴミが入っちゃってね、急に涙がね……涙が──」
あ──……ダメだ……
さっきの涙も乾いたばかりだというのに、ゆうちゃんの名前を聞くとさっきの光景がまた目に浮かんで涙腺が緩んでしまう……
ずっと感情を隠したまま抑えておくのも、もう限界かもしれない。
私はこれ以上の泣き顔を石川君に見られたくなくて、顔を両手で覆いモゴモゴと話し出す。
「……ごめんね。急に泣かれても石川君が困っちゃうよね。なんかね─……亜里沙ちゃんに嫉妬、しちゃってたみたい……可笑しいよね─、三十にもなる女が何言ってるんだ─って──…あっ…!?」
ベラベラとモゴモゴと──涙流しながらよく話す…と頭の片隅で自分に突っ込んでいたものが次の瞬間、全て吹き飛んでしまった。
それは突如感じた温かくて優しい温もり。
いつの間にか私の体は力強く石川君の胸に抱き寄せられていたのだ。
顔を手で覆ったままの私は予想だにもしていなかった出来事に、流していた涙も止まるほどの衝撃を受けていた。
「え…あ、い、石川、君……?」
「…俺じゃ……ダメっすか」
「…え……」
「俺、立木さんと出逢ってまだ日も浅いっすけど……澪先生とは全然比べ物にならないっすけど俺……立木さんのこと好きなんです。
──立木さんにはいつも笑顔でいてほしい……俺がずっと笑顔にしていたい。だから俺が側にいちゃ、ダメ、っすか?」
耳元で囁く真っすぐな声に体がゾクゾクッとしてしまう。
石川君の突然の告白と力強い抱擁は私の思考力までをも奪う破壊力──今の私の心情ではこのまま流されてしまいそう。
でも……だからって私の心の中にいるゆうちゃんが消えるはずもない。こんな時でも、やっぱりゆうちゃんのことを考えてしまう自分がいる……
「あ、石川君。あの、私ね……やっぱり、」
「あの! 返事は今すぐじゃなくていいっす! あ─、すみません、突然抱きしめてびっくりっすよね……俺、先戻ってるっす!」
「石川君! あの──」
急に我に返り、慌ててさっきまでの力強い抱擁を解いた石川君。
そのまま彼は私の返答も聞かず、マンションの中へと走って行ってしまった。
── そして、石川君が通り抜けたエントランスの柱の陰で、そんな私達の様子を伺っていた人物が一人。
心中穏やかではないゆうちゃんが苦い顔をしながら佇んでいたのだ。
そして、ゆうちゃんは一人残された私を見つめながら心奥底であることを決心していた。