【完結】終わった恋にフラグはたちません!
前に座る亜里沙さんは僕のそんな言葉に返事をするだけで、そのあとはずっと下を向いたまま。
三日前、石ちゃんの実家で逢った彼女とは何か微妙に印象が違う。
今回は、笑顔の代わりにずっと困ったような苦い顔をしている。少なくとも見合いの席でするような顔ではない。
僕達の間にはしばらく無言の時間が続き、お互い湯飲み茶わんに入っていたお茶が無くなりかけた時、ようやく彼女が重たい口を開いたのだ。
「澪先生……あの、ずっと黙っていてすみません。ずっと先生にはどう伝えようかと考えていて」
「考えるって、何をかな?」
彼女はやっとその “考え” がまとまったらしく、口をキュッと一回固く結んでから今回の見合いの裏事情をゆっくりと話していく。
「先に先生には謝らなければいけません。私は……ある男性の真意が知りたくてこのお見合いを利用したんです。本当に澪先生には無駄な時間を取らせてしまい申し訳ありません」
…あぁ、そうか。途中から何かあるのかなとは感じていたが、やはり亜里沙さんもこの見合いは本気ではなかったってことか。
「今はお父さんもいませんし、僕達二人だけですので良かったら何があったか話してみてください」
「…は、い。あの、実は私、二年ぐらい前から高校の時に通っていた塾の先生とお付き合いをしているんですが……その、最近になってずっと隠し続けていたことが彼にバレてしまいまして……」
「隠し続けていたこと?」
「はい。……先生はもし、彼女の家の家業が極道だと知ったら…どう、されますか?」
あ─、なるほど、そういうことか。
自分が極道の人間だと彼氏にバレてしまったというわけか……
「それは…やっぱりビックリはするだろうね。ただ、綺麗事かもしれないけれど、本当に相手のことを想った上で彼女と一緒になる覚悟があるのなら、極道とかそんなことは関係ないのかもしれない…彼氏さんはそれを知ってどうしたの?」
僕のその言葉に過剰な反応を示した亜里沙さんは、伏し目がちに先程よりも低いトーンで会話を続ける。
「私が極道の人間だと知って、彼は少し考えさせてくれと……でもそれから三週間、彼からは何の連絡もなくて。
だからお見合いでもしたら、もしかしたら彼が駆けつけてくれるんじゃないかと思って父にこのお見合いをお願いしたんです。けど……」
彼女は少し恥ずかしそうな顔を見せながら更に顔を伏せるよう俯く。
きっと彼女はその彼氏が大好きで仕方がないのだろう。だから自分の家業のことを知れば離れてしまうのではないかと怖くて彼にずっと黙っていた。
──もしかしたら亜里沙さんは今までも同じような境遇を経験してきたのかもしれない。
こんな美人で何不自由なく生きてきても、それとは相反して、生まれた瞬間、自分の運命が決まってしまうのも酷なことだ。
少しの時間、彼女はまた無言の領域に入ったかと思うと突然、伏せていた顔を一気に急上昇させたのだった。