【完結】終わった恋にフラグはたちません!
「でも…もう! いいんです。今日のお見合いのことをメッセージで送っても何の返答もないし、今日だって現れそうにもない……もう、彼のことは、諦めようと思います。澪先生にはお手間取らせてしまってすみません」
「ううん、そういう事情があったのなら仕方ないよ。……でも、本当にその彼のことは諦めてしまっていいの? もしかしたら彼自身もまだ迷っているのかもしれないよ」
「……私は、あの家を捨てて駆け落ちしてもいいぐらい彼のことが好きだったんですけど、ね」
彼女が無理矢理作った寂しそうな顔を僕に見せた時、ちょうど襖の奥から「失礼致します。お料理をお持ち致しました」──と、中居さんがお洒落に盛り付けされた前菜を運んでくる。
「あ─…お腹も空いたし折角なので食べて行きましょうか」
「あ、はい」
僕達の前に置かれた見事な料理に目を奪われながらも、僕は少々興味の沸いた質問を彼女にしてみたくなった。漫画家という職業柄なのか……気になったことは調べないと気が済まない性分。
僕が気になったこと── それは、彼女のような美女にここまで好かれた男性とは一体どんな人物なのか。……想像上ではきっと、その彼氏もイケメンでモテる人物なのだろう。
「亜里沙さん。もし良かったらでいいんですが、その彼氏さんの写真とか見せてもらってもいいですか?
もし僕の周りに現れたらすぐ亜里沙さんに連絡できるかと思うので」
「そう、ですね……あ、ちょっと待ってください!」
彼女はゴソゴソッと慌てて鞄の中からスマホを取り出し、彼氏と一緒に写った写真を見せてくれたのだ。──が、
─────!?
その写真には彼女とはなかなか似つかわしくない感じの男性が一緒に写っていた。とても優しい雰囲気を醸し出しているが彼女とはかなり歳も離れていそう。そしてやや小太りで中年……
この男性、明らかに僕がこのホテルに来た時にぶつかったあの男性だ!
「え!? あれ…この人って」
「澪先生……彼のこと知ってるんですか?」
「あ─うん、このホテルに着いた時に彼とぶつかってしまって……そっか、やっぱり彼も亜里沙さんのことが気になってこのホテルに──」
「……先生。彼とぶつかったのってどのぐらい前、ですか?」
「う─んと…今から大体二十分ぐらい前だったかな?」
そのことを話した瞬間、亜里沙さんが突如立ち上がり出口目掛けて急に走り出したのだ。
「え、亜里沙さん!?」
只でさえあんな歩きにくい着物や下駄でよくあんな俊敏に動けるものだ。
……あ─、バッグも忘れてる。
大きな溜め息を吐き彼女のバッグを手に取った僕は、急いで彼女の後を追いかけようとする。
「あ、あのお客様!? どちらに……」
「すみませんっ! 残りの料理はキャンセルで。もしキャンセル料がかかるのであればここへ──」
スーツのポケットに収めていた名前と連絡先が簡単に書かれた名刺。
それは以前、何かあった時用にとまきちゃんが作ってくれたものだった。それを慌ててテーブルの上に置きその場を離れようとする。
「あ、御代は石川様に先に頂戴しておりますので、後ほどキャンセル料のことでお電話させていただきますぅぅ──!」
走り去る僕の耳には徐々に遠くなる中居さんの叫ぶ声。
一体、ここの料理の当日キャンセル料はいくらぐらいになるのだろう…とお腹を鳴らしながら、僕はその日遅くまで亜里沙さんに付き合う形となってしまった。
けれど結局、亜里沙さんの彼をその日、見つけだすことは出来なかったのだ。