【完結】終わった恋にフラグはたちません!

そんな全ての段取りを確認したうえで会議は終了し、次々と会議室を出て行く関係者達。忘れ物等をチェックした上で最後に会議室を出た僕はその時、廊下で待ち伏せをしていた高光 杏に声をかけられたのだ。

「…あの、三本物産の三栗谷 祐一さん…ですよね」
「はい? そうですが…」

…なんで高光さんがまだここに……とっくに帰ったと思ってた。

「私、以前、違うお仕事の現場で三栗谷さんを見かけたことがあって……すごいカッコイイ人だなぁ─ってずっと思ってたんです。いますぐ芸能人にでもなれそうなぐらい」
「はぁ、それは恐れ入ります。……あ、では会社にもう戻らねばなりませんので、これで失礼致します」

早く会社に戻らないといけないのは本当のこと。よくわからない彼女の声掛けに僕は何とかこの場を早く切り上げようとする。

「三栗谷さんっ! 明日、パーティーにはいらっしゃいますよね?」
「はい。僕が手掛けているプロジェクトなので行く予定ですが……それが何か?」

高光 杏に呼び止められ振り返ると、彼女の目先は僕の左手薬指に注視されている。

「……あれ…それってもしかして、結婚指輪、ですか? 確か以前はされていなかったような…」
「あぁ、はい。九カ月ほど前に結婚しまして……やっと愛しい人を手に入れたって感じなんです」

──って、よくも知らない他人に何を惚気ているんだ僕は。

「…へぇ─、そうなんですね…おめでとうございますぅ! 奥様は三栗谷さんに愛されて幸せ者ですね」
「え、ええ……」

何だろう、この張り詰めた雰囲気。
彼女は明るく笑って一見普通の会話に思えるが、彼女から漂う嫌な空気、違和感を僕は少し感じ取っていた。
彼女は危険な香りがする、あまり近づかないほうが良い──そんな変な感覚が働いたのだ。

「あ、ここにいらっしゃったんですね…杏さん。 そろそろ次の現場に行くお時間ですが……」
「ハァ─、わかってる。…じゃあ三栗谷さん、また明日よろしくお願いしますね!」
「は…い。こちらこそよろしくお願いします」

彼女はそう言って、いつもの明るいイメージのままマネージャーとその場を去っていく。
そんな彼女の後姿を眺め軽い溜め息を吐いた僕は、さっき一瞬感じた彼女の違和感よりも、既に早く会社に戻らなきゃという気持ちの方が強くなっていた。


──だがこの時、自分の違和感をすぐ切り替えてしまったことが……僕の最初の(つまづ)きとなってしまうのだ。


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