初恋ディストリクト
「わからない。だけど、入り込んだんだから、出る事だってできるんじゃないかな。匂いが伝わってくるということはきっと何かそこにヒントがあるはずだ。お好み焼きの匂いを感じるのも、今実際に現実で起こっていることなんだと思う。焼肉屋が匂わないのは、営業が夕方からだからまだ開いてないと考えたら辻褄があう。それとも定休日ってことも考えられるけど」
「なるほど。そういえば、焼肉屋の暖簾が入り口にでてないね」
「服屋も和菓子屋も店は開いている。ここから先にはいけないけど精肉屋も営業している。ほら、ショーケースの中を注意深く見てごらん」
澤田君の見ている方向を暫く見れば、ショーケースの中でパッとお肉が一部消えた気がした。
「あっ、なんか動いた」
「あれは、お客が来て、売ったんだと思う。秤もデジタルの数字が動いてたんだ」
お客からも見えるように置かれた秤の数字が一瞬現れた。
「ほんとだ。よく見たら何か変化してる。現実の微かな動きを少し感じ取れるってことなんだ」
「急に人が消えたのは、僕たちが見えなくなっただけで、きっと周りには人がいっぱいいるんだと思う」
「だったらぶつかってもいいのに」
「それが同じ空間にいないってことなんだと思う。でもきっといつかぶつかる時が突然来るんじゃないかな。気まぐれに現れた空間なら、また気まぐれに消えるかもしれない。人が確認できれば同じ空間に居るということになる。そしてこのキューブから出られる」
「じゃあ、どうすれば人がまた現れるようになるの?」
「それよりも僕はなぜこんな状況になったのか、知りたい。ここはもしかしたら霊的な空間で、その、栗原さんはもしかして幽霊とか、成仏しきれてない存在だったりする?」
「はぁ?」
思わず顔が歪んだ。こんな状況で何を言うんだと耳を疑ってしまう。
「いや、なんていうのか、ちょっと確かめたくて」
「それなら、澤田君はどうなの? そっちこそ幽霊じゃないの。たまたま見えた私を道連れにしようとしているんじゃないの。そうじゃなかったら超能力者とか、宇宙人とか?」
精一杯にやり返すも、とっぴな言葉過ぎてなんだか馬鹿馬鹿しくて虚しい。
それが恥ずかしくなって私はプイッとそっぽを向いた。
私の気分を損ねた態度に気がついた澤田君はぎこちなくなって少し動揺気味だ。
ちらっと様子を見たら彼の目が泳いでいる。
お互いどうしていいかわからなくなって暫く私たちは黙り込んでしまった。
また変化がないか、目を凝らし、見える範囲で店の様子を窺う。
暫く沈黙が続くと気まずい思いがどんどん膨らんでいった。
この状況が異常なのに、プライドの問題で上手く接する事ができず、それぞれ別々に何度もこのキューブの壁に触れながら無意味に辺りをぐるぐると回っていた。
時々、私を気にする澤田君の視線を感じる。
幽霊って勝手に殺された設定にちょっと気分を害したけど、ずっとこのままでもいられない。
私が心許せばまた歩み寄れるような気がした。
私は考える。
澤田君は私を初恋の人に似てるとか言い出し、何か魂胆を持って私に近づいたと仮定して、澤田君がこの状況を作った原因になったんじゃないだろうか。
「ねぇ、澤田君。やっぱり澤田君が無意識にこの状態にしたんじゃないの?」
「そんなこと出来るわけないよ。僕はどこにでもいるような目立たない普通の高校生だよ」
「それじゃ、どこの高校よ」
「常盤台《ときわだい》学園だけど」
「ちょっと待って、嘘、私も常盤台学園よ。もしかして三年生?」
急に先輩かもしれないと思うと、緊張してしまう。
「これから二年になるけど」
「えっ、同じ学年?」
「栗原さんも二年生なの?」
お互い同じ高校の同じ学年と知ってびっくりしてしまう。
「澤田君は一年の時、何組だったの?」
「六組。栗原さんは?」
「私は一組」
ちょうど一組から六組ある中で、教室も四組以降は私のクラスがある校舎から向かいの校舎になって分かれていた。
同じ学年内では知らない人もまだいる。
でも同じ高校だから、お互い知らなくても廊下ですれ違ったりして無意識に顔を見ていたとも考えられる。
だから澤田君を見たとき、知らないけども初めて会った気もしなかったのかもしれない。
「すごい偶然だね。まさか同じ学校だったとは」
そのとき、私は突起物に触れたようなピリッとした違和感を覚えた。
それを口にしようとしたとき、澤田君は「猫!」と突然叫んだ。
「なるほど。そういえば、焼肉屋の暖簾が入り口にでてないね」
「服屋も和菓子屋も店は開いている。ここから先にはいけないけど精肉屋も営業している。ほら、ショーケースの中を注意深く見てごらん」
澤田君の見ている方向を暫く見れば、ショーケースの中でパッとお肉が一部消えた気がした。
「あっ、なんか動いた」
「あれは、お客が来て、売ったんだと思う。秤もデジタルの数字が動いてたんだ」
お客からも見えるように置かれた秤の数字が一瞬現れた。
「ほんとだ。よく見たら何か変化してる。現実の微かな動きを少し感じ取れるってことなんだ」
「急に人が消えたのは、僕たちが見えなくなっただけで、きっと周りには人がいっぱいいるんだと思う」
「だったらぶつかってもいいのに」
「それが同じ空間にいないってことなんだと思う。でもきっといつかぶつかる時が突然来るんじゃないかな。気まぐれに現れた空間なら、また気まぐれに消えるかもしれない。人が確認できれば同じ空間に居るということになる。そしてこのキューブから出られる」
「じゃあ、どうすれば人がまた現れるようになるの?」
「それよりも僕はなぜこんな状況になったのか、知りたい。ここはもしかしたら霊的な空間で、その、栗原さんはもしかして幽霊とか、成仏しきれてない存在だったりする?」
「はぁ?」
思わず顔が歪んだ。こんな状況で何を言うんだと耳を疑ってしまう。
「いや、なんていうのか、ちょっと確かめたくて」
「それなら、澤田君はどうなの? そっちこそ幽霊じゃないの。たまたま見えた私を道連れにしようとしているんじゃないの。そうじゃなかったら超能力者とか、宇宙人とか?」
精一杯にやり返すも、とっぴな言葉過ぎてなんだか馬鹿馬鹿しくて虚しい。
それが恥ずかしくなって私はプイッとそっぽを向いた。
私の気分を損ねた態度に気がついた澤田君はぎこちなくなって少し動揺気味だ。
ちらっと様子を見たら彼の目が泳いでいる。
お互いどうしていいかわからなくなって暫く私たちは黙り込んでしまった。
また変化がないか、目を凝らし、見える範囲で店の様子を窺う。
暫く沈黙が続くと気まずい思いがどんどん膨らんでいった。
この状況が異常なのに、プライドの問題で上手く接する事ができず、それぞれ別々に何度もこのキューブの壁に触れながら無意味に辺りをぐるぐると回っていた。
時々、私を気にする澤田君の視線を感じる。
幽霊って勝手に殺された設定にちょっと気分を害したけど、ずっとこのままでもいられない。
私が心許せばまた歩み寄れるような気がした。
私は考える。
澤田君は私を初恋の人に似てるとか言い出し、何か魂胆を持って私に近づいたと仮定して、澤田君がこの状況を作った原因になったんじゃないだろうか。
「ねぇ、澤田君。やっぱり澤田君が無意識にこの状態にしたんじゃないの?」
「そんなこと出来るわけないよ。僕はどこにでもいるような目立たない普通の高校生だよ」
「それじゃ、どこの高校よ」
「常盤台《ときわだい》学園だけど」
「ちょっと待って、嘘、私も常盤台学園よ。もしかして三年生?」
急に先輩かもしれないと思うと、緊張してしまう。
「これから二年になるけど」
「えっ、同じ学年?」
「栗原さんも二年生なの?」
お互い同じ高校の同じ学年と知ってびっくりしてしまう。
「澤田君は一年の時、何組だったの?」
「六組。栗原さんは?」
「私は一組」
ちょうど一組から六組ある中で、教室も四組以降は私のクラスがある校舎から向かいの校舎になって分かれていた。
同じ学年内では知らない人もまだいる。
でも同じ高校だから、お互い知らなくても廊下ですれ違ったりして無意識に顔を見ていたとも考えられる。
だから澤田君を見たとき、知らないけども初めて会った気もしなかったのかもしれない。
「すごい偶然だね。まさか同じ学校だったとは」
そのとき、私は突起物に触れたようなピリッとした違和感を覚えた。
それを口にしようとしたとき、澤田君は「猫!」と突然叫んだ。