初恋ディストリクト
「栗原さん、これってどういうことだろう」

「だから、やっぱり原因は澤田君なのよ。澤田君の感情がこの空間を左右してるのよ」

「僕の何の感情?」

 さっきまでポジティブになるや、希望をもつといっていたのに、澤田君は自分のことになると訳がわかってない。

「その純粋な、ピュアな心!」

 重複した語彙が続いた。

 そんな事を気にしてられない。
 これは澤田君が喜んだり恥ずかしがったりしたら、壁が消えるのじゃないだろうか。

 私にはそう思えてならなかった。

 澤田君はまだこの事態を飲み込めていなかった。

「ちょっと待って、僕のそのピュアな心って、何?」
「澤田君ってすごく純情で心が澄んでいるってことよ」

「ええっ、僕はそんなんじゃないよ」
「そんなことで謙遜しないの。とにかくそっちの壁がどこまで動いたか確認して」

 私は接骨院のところまで再び走り、澤田君の行動を離れて見守った。

 私もこっち側で壁が移動する事を期待して、今手のひらをくっつけてスタンバイしている。

「どうそっちは?」

 距離が遠ざかった分、力んで声を出した。
 静かな空間では声がよく通った。

 澤田君は少し進んだ先で手に壁を感じたのか、ペタペタと辺りを触っている。

「ここまで壁が移動している」
「じゃあ、もう一回、さっきのように繰り返すよ」

 私は一度息を吸い込んだ。
 そして思いっきり叫ぶ。

「澤田君とデートしたい!」

 私の方は壁がまだ動いてない。

 暫く様子を窺い、壁が消える事を願った。
 でも澤田君からは何の報告もされなかった。

「澤田君、ちゃんと壁を触った?」
「触ったけど、さっきみたいに消えないんだ」

「どうして?」
「わかんない」

 その後、私はもう一度デートしたいと叫んだが、壁はそれ以上動かなかった。

「なんでよ。二回もそれで成功しているのに、どうして急に法則が発動されないのよ」

 大声を出し続けるのも疲れ、私たちは商店街の真ん中に戻る。
 虚しくなっている私の表情に澤田君は反応する。

「栗原さん、ほら、がっかりしないの。ネガティブは禁物だよ」

「わかってるけどさ、折角ヒントを掴みかけたのに、それが役に立たなくなったからちょっと悔しくて」

 澤田君を見れば落ち着いている。

「やはり偶然だったのかもしれないよ。ここは気まぐれで不安定な空間なのかも」

「偶然にしても、二度も同じ事が続いたんだよ。気まぐれだったとしても、店舗を基準にして壁が動くのは順序良くすぎない? やっぱり法則があるんだよ。私が澤田君とデートしたいっていったら、澤田君が照れて壁を触ると動いて、この空間が拡張したのはまぎれもない事実だよ」

「そうなのかな……」

「もしかして澤田君、もうドキドキしなくなった?」

 何度も同じ事を繰り返せば、澤田君自身の感情が慣れてきたのかもしれない。

 それにデートしたいって思っていても、今はその言葉を発すればこの空間が広がるって思いこんでいる自分もいる。

 感情が二の次になってしまった。

 でも澤田君は私を見てにこっと笑う。
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