初恋ディストリクト
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人がいない、店だけが開いている商店街。
焼肉屋を背にして、私は澤田君と体を密着させてきっちきちに並んで丸椅子に座っている。
仲睦まじく焼肉店が開くのを待っているカップルではないけど、仕方ない事情でこうなっている。
ことの発端はほんのちょっと前、澤田君が椅子に触れたお陰でその椅子が使えるようになったのだ。
「休憩するために椅子が欲しいって思ったら、無意識に手を伸ばしてたんだ。そしたら、ゼリーの中に手を突っ込んだような、柔らかいぐにゃぐにゃした感触があって椅子に手が届いたんだ」
その時の様子を澤田君は私の真横で説明してくれた。
ふたつに重なった椅子を持ち上げて引き寄せる時も、ゼリーの中から取り出したように、ぷるんとした空間の歪みを感じたとも付け加えた。
澤田君は椅子を取り出したら無造作に二つ並べて置いたのだ。
その直後私が「座れるのかな?」と椅子に恐々と手を伸ばした。
この空間では何にも触れられないと思っていたから、手が椅子に届いた時、それは変哲もないただの椅子にも関わらず、なんだかびっくりしてしまった。
「あ、これ触れる。周りに壁がない」
そう言って持ち上げようとしたら、動かなかった。
「何これ、地面にくっついてる」
私が奮闘しているのを見て、澤田君も確かめようと両手で椅子を持った。
澤田君が二つ重ねてあった椅子を持ち上げて横に並べたのに、その椅子は固定されたようにびくとも動かなくなっていた。
「どうして? さっきまで持ち上げられたのに」
動かない椅子に澤田君は蹴りまで入れていた。
この空間のルールは一体どうなっているのか。
でもやっぱり私には澤田君が原因のように思えてならなかった。
「とにかく座ってみない?」
私が言ったからふたりして座ったのだけれども、椅子同士の間隔が近すぎて、座ると体が触れ合ってしまった。
「もうちょっと離して置けばよかったね」
澤田君は苦笑いしていた。
という理由で、暫くは体が密着した状態で座ってたわけだった。
「僕、地面に座るよ」
「私気にしてないから、大丈夫だよ」
「でも」
澤田君はできるだけ私から離れようとしてお尻半分だけずらした。
「いいよ別に、そんな座り方したら疲れるよ。だったらさ、お互い背中向けようか。そしたら、少しは楽なんじゃないかな」
私の提案でお互い背中を向けて座る。
そうすると横から来る威圧がなくなって、随分と解放された。
私の後ろに澤田君がいるけど、視界から消えるとなんだか不安になってくる。
急に澤田君が消えてしまうのではないだろうか。
何が起こるかわからないこの空間なら可能性もありかもしれない。
こんなところにひとり残されるのも怖い。
一度悪い方向へ傾くと段々そうなるように思えてくるからやっかいだ。
「澤田君、後ろにいるよね」
私は振り返る。
「もちろんいるよ」
澤田君の声もするし、振り返ればちゃんといる。
でもまた前を向くと不安になってくる。
負のスパイラルに陥ったように、何度と振り返っていた。
そうだ澤田君に触れていればいいんだ。
そう思ったとき、私は後ろにもたれた。
澤田君の背中に触れていたら心配ないはずだ。
背中なら、別に触れてもいいだろうと軽く思って後ろに反れたら、思った以上に角度が開いて慌ててしまう。
澤田君のあるはずの背中がない。
「澤田君!」
人がいない、店だけが開いている商店街。
焼肉屋を背にして、私は澤田君と体を密着させてきっちきちに並んで丸椅子に座っている。
仲睦まじく焼肉店が開くのを待っているカップルではないけど、仕方ない事情でこうなっている。
ことの発端はほんのちょっと前、澤田君が椅子に触れたお陰でその椅子が使えるようになったのだ。
「休憩するために椅子が欲しいって思ったら、無意識に手を伸ばしてたんだ。そしたら、ゼリーの中に手を突っ込んだような、柔らかいぐにゃぐにゃした感触があって椅子に手が届いたんだ」
その時の様子を澤田君は私の真横で説明してくれた。
ふたつに重なった椅子を持ち上げて引き寄せる時も、ゼリーの中から取り出したように、ぷるんとした空間の歪みを感じたとも付け加えた。
澤田君は椅子を取り出したら無造作に二つ並べて置いたのだ。
その直後私が「座れるのかな?」と椅子に恐々と手を伸ばした。
この空間では何にも触れられないと思っていたから、手が椅子に届いた時、それは変哲もないただの椅子にも関わらず、なんだかびっくりしてしまった。
「あ、これ触れる。周りに壁がない」
そう言って持ち上げようとしたら、動かなかった。
「何これ、地面にくっついてる」
私が奮闘しているのを見て、澤田君も確かめようと両手で椅子を持った。
澤田君が二つ重ねてあった椅子を持ち上げて横に並べたのに、その椅子は固定されたようにびくとも動かなくなっていた。
「どうして? さっきまで持ち上げられたのに」
動かない椅子に澤田君は蹴りまで入れていた。
この空間のルールは一体どうなっているのか。
でもやっぱり私には澤田君が原因のように思えてならなかった。
「とにかく座ってみない?」
私が言ったからふたりして座ったのだけれども、椅子同士の間隔が近すぎて、座ると体が触れ合ってしまった。
「もうちょっと離して置けばよかったね」
澤田君は苦笑いしていた。
という理由で、暫くは体が密着した状態で座ってたわけだった。
「僕、地面に座るよ」
「私気にしてないから、大丈夫だよ」
「でも」
澤田君はできるだけ私から離れようとしてお尻半分だけずらした。
「いいよ別に、そんな座り方したら疲れるよ。だったらさ、お互い背中向けようか。そしたら、少しは楽なんじゃないかな」
私の提案でお互い背中を向けて座る。
そうすると横から来る威圧がなくなって、随分と解放された。
私の後ろに澤田君がいるけど、視界から消えるとなんだか不安になってくる。
急に澤田君が消えてしまうのではないだろうか。
何が起こるかわからないこの空間なら可能性もありかもしれない。
こんなところにひとり残されるのも怖い。
一度悪い方向へ傾くと段々そうなるように思えてくるからやっかいだ。
「澤田君、後ろにいるよね」
私は振り返る。
「もちろんいるよ」
澤田君の声もするし、振り返ればちゃんといる。
でもまた前を向くと不安になってくる。
負のスパイラルに陥ったように、何度と振り返っていた。
そうだ澤田君に触れていればいいんだ。
そう思ったとき、私は後ろにもたれた。
澤田君の背中に触れていたら心配ないはずだ。
背中なら、別に触れてもいいだろうと軽く思って後ろに反れたら、思った以上に角度が開いて慌ててしまう。
澤田君のあるはずの背中がない。
「澤田君!」