初恋ディストリクト
立ち上がって振り返ると、澤田君は背中を曲げてスニーカーの靴紐を結び直していた。
「どうしたの? 急に」
「ん、もう、びっくりさせないでよ。消えたかと思っちゃった」
「えっ?」
澤田君は何の事が分かってない様子だった。
澤田君が視界から消えるとこんなに簡単に不安になるなんて、この空間でひとりになる事を私はかなり恐れている。
「やっぱり私、横向きに座る」
私ひとりが横になって、澤田君は背中を向けたままに座った。
「どうしたの?」
「こんなに近くにいても、背中合わせだと澤田君の姿が見えないからなんか落ち着かない」
「そっか、もしかして、僕が消えるとでも思った?」
澤田君は何でもお見通しだ。
「出るときは必ず一緒だからね。ひとりでここから出ないでよ」
「もちろんだよ。栗原さんをこの空間に残しておけるわけがないじゃないか」
「そうだよね。だって、私たちここを出たらデートだもんね」
私が力むと、澤田君は本当に嬉しそうにはにかんで照れていた。
「だったらさ、どこに行こう。今からデートの計画しようよ」
澤田君の方から提案してきた。
「うん、そうだね」
声が弾む。
澤田君がそれに応えるように微笑んで私を見るから、今度は私が照れてしまった。
男の子とどこかに出かけるのは、ずっと夢見ていたことだった。
友達には彼氏がいて、メールの交換をしていたり、学校の帰りにどこかに寄ったり、楽しそう にしている姿を見るといつも羨ましかった。
私もいつか彼氏ができるかな、なんて夢見てたけど、現実はかけ離れた生活だった。
憧れている人がいても積極的になれない自分のせいでもあるけど、自分に自信がないからいつも無理無理とはなっから諦めてばかりだ。
自分で自分を押さえつけていたのだ。
まるで土の中で埋もれていた私。それを澤田君が突然現れて勢いつけて引っこ抜いてくれたみたいだ。真新しい自分になったようでうきうきする。
まだ澤田君が私の彼氏って訳ではないけども、堂々とデートする約束が出来て、それを話し合うのはやっぱり楽しい。段々顔がにやけてきてしまう。
「栗原さんはどこに行きたい?」
「どこって言われても、うーんと、そうだな。楽しいところ」
「それじゃ漠然としすぎて、絞れないね」
「じゃあ、遊園地なんてどうかな?」
これってデートの定番だよね。心の中でふふふと笑ってしまう。
「だけどさ、ディズニーランドですら二月末から休園してなかったっけ。世間は自粛状態で、人が集まる場所は臨時休業させられているところ多いんじゃない?」
「そっか、そうだった。私たちの学校ですら長い春休みになってるもんね」
舞い上がってすっかり忘れていた。世間は今、新型コロナウイルスで大変な状態だった。
「そういえば、夏はオリンピックがあるけど、どうするんだろうね」
「中止かな」
「もうすぐ四月も近づいてるけど、早く方向を定めた方がいいよね」
「私たちが心配したところで、どうなるってわけでもないけど、今日、明日にでも発表があるんじゃないかな」
「そうだよね」
こんな状況でも、私たちが楽しめる何かはまだ残されているはずだ。
「だけどさ、私たちは絶対に楽しもうよ。折角の高校生生活をこんなことで台無しにしたくない」
「びっくりするほど急に自由が奪われたみたいで、窮屈になったよね」
「そうだよ。これ以上、行動制限されるのなんて嫌だよね。周りも不安になっている人が多くて、時々誰かが咳なんかしたら、顰蹙ものだよ。みんなギスギスするっていうのか、簡単に仲たがいしちゃうというのか。恐怖心ってこんなにも束縛されるんだね」
恐怖心。自分で言っておいてなんだけど、これほど簡単に精神が壊れやすいものもない。
辺りは相変わらず不気味なくらい静かだ。
誰も人がいないのに、店は電気がついたまま。
普通の商店街なのに、ここが怖いと思うだけで、常に不安がつきまとう。
私は澤田君の着ているジャケットの裾をそっと掴んだ。
「どうしたの? 急に」
「ん、もう、びっくりさせないでよ。消えたかと思っちゃった」
「えっ?」
澤田君は何の事が分かってない様子だった。
澤田君が視界から消えるとこんなに簡単に不安になるなんて、この空間でひとりになる事を私はかなり恐れている。
「やっぱり私、横向きに座る」
私ひとりが横になって、澤田君は背中を向けたままに座った。
「どうしたの?」
「こんなに近くにいても、背中合わせだと澤田君の姿が見えないからなんか落ち着かない」
「そっか、もしかして、僕が消えるとでも思った?」
澤田君は何でもお見通しだ。
「出るときは必ず一緒だからね。ひとりでここから出ないでよ」
「もちろんだよ。栗原さんをこの空間に残しておけるわけがないじゃないか」
「そうだよね。だって、私たちここを出たらデートだもんね」
私が力むと、澤田君は本当に嬉しそうにはにかんで照れていた。
「だったらさ、どこに行こう。今からデートの計画しようよ」
澤田君の方から提案してきた。
「うん、そうだね」
声が弾む。
澤田君がそれに応えるように微笑んで私を見るから、今度は私が照れてしまった。
男の子とどこかに出かけるのは、ずっと夢見ていたことだった。
友達には彼氏がいて、メールの交換をしていたり、学校の帰りにどこかに寄ったり、楽しそう にしている姿を見るといつも羨ましかった。
私もいつか彼氏ができるかな、なんて夢見てたけど、現実はかけ離れた生活だった。
憧れている人がいても積極的になれない自分のせいでもあるけど、自分に自信がないからいつも無理無理とはなっから諦めてばかりだ。
自分で自分を押さえつけていたのだ。
まるで土の中で埋もれていた私。それを澤田君が突然現れて勢いつけて引っこ抜いてくれたみたいだ。真新しい自分になったようでうきうきする。
まだ澤田君が私の彼氏って訳ではないけども、堂々とデートする約束が出来て、それを話し合うのはやっぱり楽しい。段々顔がにやけてきてしまう。
「栗原さんはどこに行きたい?」
「どこって言われても、うーんと、そうだな。楽しいところ」
「それじゃ漠然としすぎて、絞れないね」
「じゃあ、遊園地なんてどうかな?」
これってデートの定番だよね。心の中でふふふと笑ってしまう。
「だけどさ、ディズニーランドですら二月末から休園してなかったっけ。世間は自粛状態で、人が集まる場所は臨時休業させられているところ多いんじゃない?」
「そっか、そうだった。私たちの学校ですら長い春休みになってるもんね」
舞い上がってすっかり忘れていた。世間は今、新型コロナウイルスで大変な状態だった。
「そういえば、夏はオリンピックがあるけど、どうするんだろうね」
「中止かな」
「もうすぐ四月も近づいてるけど、早く方向を定めた方がいいよね」
「私たちが心配したところで、どうなるってわけでもないけど、今日、明日にでも発表があるんじゃないかな」
「そうだよね」
こんな状況でも、私たちが楽しめる何かはまだ残されているはずだ。
「だけどさ、私たちは絶対に楽しもうよ。折角の高校生生活をこんなことで台無しにしたくない」
「びっくりするほど急に自由が奪われたみたいで、窮屈になったよね」
「そうだよ。これ以上、行動制限されるのなんて嫌だよね。周りも不安になっている人が多くて、時々誰かが咳なんかしたら、顰蹙ものだよ。みんなギスギスするっていうのか、簡単に仲たがいしちゃうというのか。恐怖心ってこんなにも束縛されるんだね」
恐怖心。自分で言っておいてなんだけど、これほど簡単に精神が壊れやすいものもない。
辺りは相変わらず不気味なくらい静かだ。
誰も人がいないのに、店は電気がついたまま。
普通の商店街なのに、ここが怖いと思うだけで、常に不安がつきまとう。
私は澤田君の着ているジャケットの裾をそっと掴んだ。