初恋ディストリクト
「まだ二時間だよ。そんなの映画が一本終わった時間じゃないか。だったら次の上映だ。一作目が面白かったから、次はその続編だ」
どこまでも澤田君は前向きだ。
悲観的になるよりは確かにいい。
なんとしてでもここを出る。
「そうだよね、不安にならないようにしなくっちゃね。ここを出てデートするんだから」
「そういえば、どこへ行こうか話し合ってたのに、ずれちゃったね」
「じゃあ、もう一度、話合おうよ。おにぎりの話がでたから、お弁当持ってピクニックに行くなんてどうかな」
お弁当作るの大変そうだけど、お母さんに手伝ってもらったらなんとかなるかな。
「それいいね。この近くにさ、桜ヶ丘公園あるじゃない。その名の通り、桜の木がいっぱいあって、毎年綺麗に咲くところ。そこなんかどうかな。ゆっくりと桜を見ながら丘のてっぺんまで登って、そこで一番大きな桜の木の下でお弁当を食べるの」
澤田君の提案でビジョンが出来て、一緒に歩いている姿が想像できる。
「ああ、桜ヶ丘公園。そろそろ桜の季節だ。この商店街もそれにちなんで桜祭りって幟でてるくらいだもんね。ぜひ見に行かなくっちゃ」
「栗原さんが着ているパーカー、それも桜を連想するね。ピンクが似合ってかわいいよね」
澤田君はさらりというから、ドキッとしてしまった。
急に体が畏まってそれでいて恥ずかしくて竦んでしまう。
私の頬も桜に負けじとピンク色に染まっているのを感じるほど、ぽっと温かかった。
気持ちがほぐれると、自分が置かれている状況から暫し遠ざかる。
澤田君のジャケットの裾をぎゅっとしながら、このドキドキを少し楽しんでいるところだったのに、澤田君が急に立ち上がったから、ひっぱり上げられた。
「ちょっと、どうしたの?」
「また猫が現れたんだ。今度はあっちの方にいる」
黒っぽいものが路地を境目にした向こう側の奥でゆっくりと歩いている。
「あの猫を追いかけよう。何かまた変化があるかもしれない」
そうだった。あの猫はこの椅子に座っていたんだった。
そしてこの椅子を澤田君が触って、私も触る事ができた。
もしかしたら、あの猫を捕まえる事ができたら、元の空間に戻れるのかもしれない。
口に出さなくともお互い同じ事を考えていたと思う。
私たちは迷わずその猫を追いかけた。