初恋ディストリクト
ある程度の成績がなければ、いくらエスカレーター式の私立中学であっても高校へすんなりと進級できない。
でも受験をする必要がないので、みんなはいつも通りに学校内で行われるテスト勉強だけはしっかりと対策していた。
僕だけが高校受験を視野に入れていた。
そのことも先生だけに伝えただけで、まだクラスの誰も知らなかった。
表面上は何も変わっていない。僕の中だけが、色んな思いで渦を巻いていた。
僕はそんなに強くないから、強い者に巻かれて適当に過ごす癖がついている。
己を控えめにして最後はうまくブレンドして可もなく不可もなくといった具合に。
自分を主張するのが恥ずかしいという気持ちが今まであったけど、何も恐れる事がない不安がなかったために、以前はのうのうとしていられた。
少し心の中が不自由を感じた時、それを表に出せず、顔では笑っている態度が自分自身腹立たしい。
心の中は冷めて、周りがわざとらしい茶番に感じて物事を見てしまっていた。
周りがあまりにも幸せそうで、僕はそれに嫉妬していたんだと思う。
その反面、そんなことない、僕はそんな風に人を羨ましがるような人間ではないではないか、と叫びたくなる自分もいた。
過去の自分は本当に純粋に真面目だったから、今の状況についていけなくて、どうしても負の部分を認めたくなかった。
無理にいい子ぶるけど、それが思った以上にとても疲れる。
以前はふりなんかしなくてもいつも自然体でそうだったのに。
母の前でも何でもないことのように振る舞い、僕はいつも通りのスタイルを崩さないようにしていた。
別に悪い事をしているわけではないのに、それがどうしてもずるいと思えてしまう。
そう感じるのも、僕は心の片隅で周りのみんなと一緒にいる事を訳もなく嫌がっていたからだと思う。
ため息をつき、足元を見ながら歩いていた時、ふと声が耳に入った。
「そうそう、あいつキモいよね」
その言葉が自分に向けられたものと思い、僕ははっとして顔を上げた。
そこにはセーラー服を着た地元の三人の女子中学生が横並びで歩いている。
ひとりが後ろを向いて「そうそう」って相槌を打ったので、どうやらぼくの事を言っているのではなさそうだ。
僕が前から歩いていても、その三人には周りの事が眼中に入ってない。
すれ違う時、気を遣って道を譲るのだけども、横に並んで広がっていた三人はフォーメーションを崩すことなく、当たり前のように堂々と横並びで僕とすれ違っていった。
自転車も車も通る住宅街の道を遠慮もなく広がって歩き、前から来る人がいても道を譲るそぶりもなく『お前がどけ』と粋がっている。
見ていて不快だし、こういう女子とは絶対に関わりたくない、いかにも嫌いなタイプだった。
すれ違った後、キャッキャと調子にのってバカ騒ぎしている声が肩越しに聞こえてきた。
その三人のあとから少し離れて、髪の色が茶色い女の子がゆっくりと俯き加減で歩いていた。
この子がさっきの三人にキモいといわれていたのだろう。
その女の子も心に何かを秘めたように、暗さが僕の目に映った。
彼女との距離が近まり無意識に僕が端に寄ると、彼女は顔を上げ僕と目が合った。
一瞬軽くお辞儀をしたように微妙な頭の動きを感じた。
それが道を譲った時 の気配りに対するお礼のように思えた。
恥ずかしい気持ちが混じって堂々と出来ないながらも、常識を踏まえて礼儀を重んじようと精一杯に表わしたそれは、確実に僕に伝わった。
そんな些細な事が、その時の僕には衝撃的で心をじんわりと温かくした。
思わず喉の奥から息が漏れるように「あっ」と小さく出たのだけれ ど、彼女はそのまますれ違っていった。
顔を見たのは一瞬だったけど、目だけは鋭かった。
何かに耐えてる無表情さもどこか暗かった。
だけど笑ったら絶対にかわいい子だと僕は確信する。
事情があるからそんな態度になっているだけだ。
それは僕にはよく理解できる。
先ほどの言動から前を先に歩いていたあの三人の女子が学校で彼女をいじめているのかもしれない。
僕はその時、彼女に対して頑張れって声を掛けたくなった。
でもそんなこと僕に出来るはずがなかった。
振り返って、その女の子の後姿を暫く目で追っていた。
そのまままっすぐ歩くと思っていたら、急に立ち止まって辺りをキョロキョロしだした。
何かを探している様子だ。
すると、低木の集まる垣根から猫が顔を出し、女の子の足元へと寄っていった。
さっき見かけた白と黒の猫だ。猫は尻尾を立てて、女の子の足元にまとわりついて甘え出した。
「○○ちゃん」
女の子が猫の名前を呼んだけど、はっきりと聞き取れなかった。
名前を呼び、懐いている猫の様子から、今日初めて会った仲ではないのだろう。
女の子はしゃがんで猫を撫で始めた。
次に肩に掛けていた鞄から何かを取り出して、その猫に見せると、猫は前足を女の子に向けて二本足で立ち上がった。
うるさくニャーニャーと催促の声が聞こえた。
「今、あげるからね」
スティック状のものを手に持って先端をやぶる。
猫は待ちきれないのか、女の子の手に前足を掛けて、自分に引き寄せようとする。
女の子は先ほどと違って満面の笑みを浮かべていた。
猫の強引な催促を楽しんでいる。
こちらも見ていて癒された。
猫にあそこまで慕われている女の子が羨ましいと笑いながら思っていた。
あの子と知り合いになりたい。
一緒に猫に餌をあげたい。
そんな感情を抱いたとき、あの女の子が気になって仕方がなくなった。
猫を前にすると本来の素直な表情が出る。
やはり僕が思った通り、笑うとあの鋭い眼光がマイルドに優しくなってかわいい。
なぜあの三人の女子から虐められているのかわからないけど、女の子は虐めに負けるような感じがしなかった。
静かに過ぎ去るのを我慢強く待っているのか、自分に降りかかる災難を気にしないようにしようと自分をまだ見失ってない。
少なくとも僕にはそう感じられた。
でも受験をする必要がないので、みんなはいつも通りに学校内で行われるテスト勉強だけはしっかりと対策していた。
僕だけが高校受験を視野に入れていた。
そのことも先生だけに伝えただけで、まだクラスの誰も知らなかった。
表面上は何も変わっていない。僕の中だけが、色んな思いで渦を巻いていた。
僕はそんなに強くないから、強い者に巻かれて適当に過ごす癖がついている。
己を控えめにして最後はうまくブレンドして可もなく不可もなくといった具合に。
自分を主張するのが恥ずかしいという気持ちが今まであったけど、何も恐れる事がない不安がなかったために、以前はのうのうとしていられた。
少し心の中が不自由を感じた時、それを表に出せず、顔では笑っている態度が自分自身腹立たしい。
心の中は冷めて、周りがわざとらしい茶番に感じて物事を見てしまっていた。
周りがあまりにも幸せそうで、僕はそれに嫉妬していたんだと思う。
その反面、そんなことない、僕はそんな風に人を羨ましがるような人間ではないではないか、と叫びたくなる自分もいた。
過去の自分は本当に純粋に真面目だったから、今の状況についていけなくて、どうしても負の部分を認めたくなかった。
無理にいい子ぶるけど、それが思った以上にとても疲れる。
以前はふりなんかしなくてもいつも自然体でそうだったのに。
母の前でも何でもないことのように振る舞い、僕はいつも通りのスタイルを崩さないようにしていた。
別に悪い事をしているわけではないのに、それがどうしてもずるいと思えてしまう。
そう感じるのも、僕は心の片隅で周りのみんなと一緒にいる事を訳もなく嫌がっていたからだと思う。
ため息をつき、足元を見ながら歩いていた時、ふと声が耳に入った。
「そうそう、あいつキモいよね」
その言葉が自分に向けられたものと思い、僕ははっとして顔を上げた。
そこにはセーラー服を着た地元の三人の女子中学生が横並びで歩いている。
ひとりが後ろを向いて「そうそう」って相槌を打ったので、どうやらぼくの事を言っているのではなさそうだ。
僕が前から歩いていても、その三人には周りの事が眼中に入ってない。
すれ違う時、気を遣って道を譲るのだけども、横に並んで広がっていた三人はフォーメーションを崩すことなく、当たり前のように堂々と横並びで僕とすれ違っていった。
自転車も車も通る住宅街の道を遠慮もなく広がって歩き、前から来る人がいても道を譲るそぶりもなく『お前がどけ』と粋がっている。
見ていて不快だし、こういう女子とは絶対に関わりたくない、いかにも嫌いなタイプだった。
すれ違った後、キャッキャと調子にのってバカ騒ぎしている声が肩越しに聞こえてきた。
その三人のあとから少し離れて、髪の色が茶色い女の子がゆっくりと俯き加減で歩いていた。
この子がさっきの三人にキモいといわれていたのだろう。
その女の子も心に何かを秘めたように、暗さが僕の目に映った。
彼女との距離が近まり無意識に僕が端に寄ると、彼女は顔を上げ僕と目が合った。
一瞬軽くお辞儀をしたように微妙な頭の動きを感じた。
それが道を譲った時 の気配りに対するお礼のように思えた。
恥ずかしい気持ちが混じって堂々と出来ないながらも、常識を踏まえて礼儀を重んじようと精一杯に表わしたそれは、確実に僕に伝わった。
そんな些細な事が、その時の僕には衝撃的で心をじんわりと温かくした。
思わず喉の奥から息が漏れるように「あっ」と小さく出たのだけれ ど、彼女はそのまますれ違っていった。
顔を見たのは一瞬だったけど、目だけは鋭かった。
何かに耐えてる無表情さもどこか暗かった。
だけど笑ったら絶対にかわいい子だと僕は確信する。
事情があるからそんな態度になっているだけだ。
それは僕にはよく理解できる。
先ほどの言動から前を先に歩いていたあの三人の女子が学校で彼女をいじめているのかもしれない。
僕はその時、彼女に対して頑張れって声を掛けたくなった。
でもそんなこと僕に出来るはずがなかった。
振り返って、その女の子の後姿を暫く目で追っていた。
そのまままっすぐ歩くと思っていたら、急に立ち止まって辺りをキョロキョロしだした。
何かを探している様子だ。
すると、低木の集まる垣根から猫が顔を出し、女の子の足元へと寄っていった。
さっき見かけた白と黒の猫だ。猫は尻尾を立てて、女の子の足元にまとわりついて甘え出した。
「○○ちゃん」
女の子が猫の名前を呼んだけど、はっきりと聞き取れなかった。
名前を呼び、懐いている猫の様子から、今日初めて会った仲ではないのだろう。
女の子はしゃがんで猫を撫で始めた。
次に肩に掛けていた鞄から何かを取り出して、その猫に見せると、猫は前足を女の子に向けて二本足で立ち上がった。
うるさくニャーニャーと催促の声が聞こえた。
「今、あげるからね」
スティック状のものを手に持って先端をやぶる。
猫は待ちきれないのか、女の子の手に前足を掛けて、自分に引き寄せようとする。
女の子は先ほどと違って満面の笑みを浮かべていた。
猫の強引な催促を楽しんでいる。
こちらも見ていて癒された。
猫にあそこまで慕われている女の子が羨ましいと笑いながら思っていた。
あの子と知り合いになりたい。
一緒に猫に餌をあげたい。
そんな感情を抱いたとき、あの女の子が気になって仕方がなくなった。
猫を前にすると本来の素直な表情が出る。
やはり僕が思った通り、笑うとあの鋭い眼光がマイルドに優しくなってかわいい。
なぜあの三人の女子から虐められているのかわからないけど、女の子は虐めに負けるような感じがしなかった。
静かに過ぎ去るのを我慢強く待っているのか、自分に降りかかる災難を気にしないようにしようと自分をまだ見失ってない。
少なくとも僕にはそう感じられた。