初恋ディストリクト
隣の家の桜の木が目に入る。
所々で花が咲き出している。
花びらは薄っすらとピンク色。
私のパーカーもピンクだから自分も桜になったように少しだけ可愛いんじゃないかって自惚れた。
いいよね、自分で思うだけだから。
お母さんは私のこと『智ちゃん』と呼ぶけれど、私はみんなから『栗ちゃん』と呼ばれることの方が多い。
名前が栗原智世だからだ。
生まれつき色素が薄いのか、髪も目も茶色っぽく、それが原因で訳もなく中学の時は虐められた。
付いた渾名がイガグリだった。
それが私を侮辱する唯一の変な名前だとみんなが思ったのだろう。
最初は名前をもじってからかうだけだったのが、私が我慢してヘラヘラしているうちに、そんな態度が気持ち悪いなんていう子がでてきた。
あの時は必ず誰か がクラスで犠牲になってターゲットにされていたから、その時の気の強い人の気分で意地悪がエスカレートして周りに伝播していった。
その時は辛かったけど、ある時を基準にピタッと止んだから気にしないことにした。
まあ、その時に起こったこともかなり自分でも衝撃だったけど、過ぎ去れば忘れてしまった。
私の何が気に入らなかったのか、そういうのは自分ではわからない。
私も気に入らない奴はたくさんいたし、口を閉ざしてひたすら黙って目つきだけは鋭くなって知らないところでひっそりと睨んでいた。
陰で呪ってたのだ。
憤った気持ちがそうせざるを得なかったし、まだ感情的に精一杯の抵抗でもあった。とっても気弱で陰険だったけど。
中学時代はなかったことにしたいほど暗かった。
時も過ぎ、中学卒業とともに意地悪な奴らから離れられると落ち着いた。
高校生になってあまり私の事を知らない人と知り合って仲良くなったことで、自分も明るく振舞えるようになった。
それなりに楽しく過ごしていたのに、自分ではどうすることもできない世界の問題に今は巻き込まれている。
得体の知れないものは残酷な何かを滑り込ませている。
まだ今は訳がわかっていない序章なのだろうけど、いつかこんな状況も終わると信じていた。
気持ちだけでも明るくありたい。でもKストアの近くに来て、すぐさま簡単に絶望した。
お母さんが耳にするような情報はその辺の人にも広がって、お母さんの耳に届いた時点ですでに手遅れだ。
店の前に並んだ行列を見て、すでに私の中では不可能という言葉で埋め尽くされた。
世間はこんなにもマスクを求めている。考える事はみんな一緒だった。そんな列に並ぶ気もせず、私はあっさりと諦めてそこを後にした。
折角外に出てきたのだから、その辺をぶらつくのもいいし、買うあてもないけど店に入って暇をもてあそぶのもいいかもしれない。
ずっと家に篭りっぱなしで、自粛に飽き飽きしていたときだった。
もし知ってるクラスメートに会ったら、ファストフード店に一緒に入ろうって誘って何かを食べたいな。
それとも久しぶりって気軽に向こうから誘ってもらうとかもいい。ちょっと憧れている男の子を想像して、ひとりで空想してしまう。
そんなこと絶対に起こらないし、第一、声を掛けてくれるような男子なんて私の周りにはいない。
自ら異性と気軽に話せるほど私は積極的じゃないし、話しかけにくい垢抜けしない女の子だと自分でも感じている。
それなのに、女子高生としては少女漫画のような出会いを夢にみて、漫画を読めば胸キュンと乙女心を抱いていた。
年頃になればちょっとボーイフレンドが欲しいなんて思ってしまうのは、当たり前の感情だけど、そう思っていても行動できず、例え好きな人が出来たとしても、きっと何も出来ないのが自分だった。
周りはマスクをしている人を多く見かける。
花粉症なのか、それともウィルスを意識してのことなのか、それが交じり合っているけど、私はまだこの時マスクをしてなかった。
ぼんやりと歩いているその時、雑居ビルの路地の間で猫が座って顔を洗っていた。
茶色のキジトラと呼ばれるどこにでもいるような猫だった。
誰かに飼われているのか、野良猫なのか、ちゃんとごはん食べてるのかなと思うと、ほっとけない感情がでてくる。
昔から猫を見るといつもこんな調子だった。
餌をあげたいけど何ももってないし、あげてもそれは猫のためにもならない無責任だから、近所の人には怒られるし、だから心を鬼にして放っておくしかない。
でも目の前にかわいい生き物がいて、前足を一生懸命舐めて顔を拭き拭きし、次に耳のうしろまで手が動くと、耳が押さえられてぴょんとまた立つのが繰り返されて見入ってしまう。
立ち止まってみていたら、猫も私に気がついてふと手の動きが止まった。
じっとこちらをみて、緊張したように様子を窺っている。
所々で花が咲き出している。
花びらは薄っすらとピンク色。
私のパーカーもピンクだから自分も桜になったように少しだけ可愛いんじゃないかって自惚れた。
いいよね、自分で思うだけだから。
お母さんは私のこと『智ちゃん』と呼ぶけれど、私はみんなから『栗ちゃん』と呼ばれることの方が多い。
名前が栗原智世だからだ。
生まれつき色素が薄いのか、髪も目も茶色っぽく、それが原因で訳もなく中学の時は虐められた。
付いた渾名がイガグリだった。
それが私を侮辱する唯一の変な名前だとみんなが思ったのだろう。
最初は名前をもじってからかうだけだったのが、私が我慢してヘラヘラしているうちに、そんな態度が気持ち悪いなんていう子がでてきた。
あの時は必ず誰か がクラスで犠牲になってターゲットにされていたから、その時の気の強い人の気分で意地悪がエスカレートして周りに伝播していった。
その時は辛かったけど、ある時を基準にピタッと止んだから気にしないことにした。
まあ、その時に起こったこともかなり自分でも衝撃だったけど、過ぎ去れば忘れてしまった。
私の何が気に入らなかったのか、そういうのは自分ではわからない。
私も気に入らない奴はたくさんいたし、口を閉ざしてひたすら黙って目つきだけは鋭くなって知らないところでひっそりと睨んでいた。
陰で呪ってたのだ。
憤った気持ちがそうせざるを得なかったし、まだ感情的に精一杯の抵抗でもあった。とっても気弱で陰険だったけど。
中学時代はなかったことにしたいほど暗かった。
時も過ぎ、中学卒業とともに意地悪な奴らから離れられると落ち着いた。
高校生になってあまり私の事を知らない人と知り合って仲良くなったことで、自分も明るく振舞えるようになった。
それなりに楽しく過ごしていたのに、自分ではどうすることもできない世界の問題に今は巻き込まれている。
得体の知れないものは残酷な何かを滑り込ませている。
まだ今は訳がわかっていない序章なのだろうけど、いつかこんな状況も終わると信じていた。
気持ちだけでも明るくありたい。でもKストアの近くに来て、すぐさま簡単に絶望した。
お母さんが耳にするような情報はその辺の人にも広がって、お母さんの耳に届いた時点ですでに手遅れだ。
店の前に並んだ行列を見て、すでに私の中では不可能という言葉で埋め尽くされた。
世間はこんなにもマスクを求めている。考える事はみんな一緒だった。そんな列に並ぶ気もせず、私はあっさりと諦めてそこを後にした。
折角外に出てきたのだから、その辺をぶらつくのもいいし、買うあてもないけど店に入って暇をもてあそぶのもいいかもしれない。
ずっと家に篭りっぱなしで、自粛に飽き飽きしていたときだった。
もし知ってるクラスメートに会ったら、ファストフード店に一緒に入ろうって誘って何かを食べたいな。
それとも久しぶりって気軽に向こうから誘ってもらうとかもいい。ちょっと憧れている男の子を想像して、ひとりで空想してしまう。
そんなこと絶対に起こらないし、第一、声を掛けてくれるような男子なんて私の周りにはいない。
自ら異性と気軽に話せるほど私は積極的じゃないし、話しかけにくい垢抜けしない女の子だと自分でも感じている。
それなのに、女子高生としては少女漫画のような出会いを夢にみて、漫画を読めば胸キュンと乙女心を抱いていた。
年頃になればちょっとボーイフレンドが欲しいなんて思ってしまうのは、当たり前の感情だけど、そう思っていても行動できず、例え好きな人が出来たとしても、きっと何も出来ないのが自分だった。
周りはマスクをしている人を多く見かける。
花粉症なのか、それともウィルスを意識してのことなのか、それが交じり合っているけど、私はまだこの時マスクをしてなかった。
ぼんやりと歩いているその時、雑居ビルの路地の間で猫が座って顔を洗っていた。
茶色のキジトラと呼ばれるどこにでもいるような猫だった。
誰かに飼われているのか、野良猫なのか、ちゃんとごはん食べてるのかなと思うと、ほっとけない感情がでてくる。
昔から猫を見るといつもこんな調子だった。
餌をあげたいけど何ももってないし、あげてもそれは猫のためにもならない無責任だから、近所の人には怒られるし、だから心を鬼にして放っておくしかない。
でも目の前にかわいい生き物がいて、前足を一生懸命舐めて顔を拭き拭きし、次に耳のうしろまで手が動くと、耳が押さえられてぴょんとまた立つのが繰り返されて見入ってしまう。
立ち止まってみていたら、猫も私に気がついてふと手の動きが止まった。
じっとこちらをみて、緊張したように様子を窺っている。