初恋ディストリクト
「ああ、すみません」

 慌てて振り返って頭を下げた。

「いいんですよ。ちょっと触れたくらいですから」

 顔を上げると少しふくよかなおじさんが、笑っていた。よく見れば頬に珍しいハートマークに似た染み、もしくは痣がついていた。

 僕はついそこを見てしまう。

「どうかしましたか?」

「あっ、いえ、その頬のハートマークが……」
 
 そこまで言った時、こういうことは口に出してはいけないのではと焦ってしまった。

 でもここまで言った以上途中でやめるわけにも行かなくなった。

「そ、その、頬のハートマークが素敵ですね」

 こんなところで哲のアドバイスに従うなんて、汗が出てきてしまった。

「はははは、これが素敵ですか」

「はい。さ、桜の花びらみたいにもみえます」

 焦ってしまって、僕はさらに例えてしまった。

 こういう顔のシミや痣なんて気にしている人が多いというのに、僕は何を褒めているんだ。

「そんなこと面と向かっていったのは、あなたが初めてです。みな気を遣って見て見ぬふりをしますからね。そうです。実は私も密かに気に入ってました」

「そうですよね」

 汗がでてきた。

「あなたは、もしかしたら哲の友達の隼八君ですか?」

「えっ? そ、そうですけど」

 もしかしたらこの人は……と思ったとき、哲が戻ってきて「お父さん」と言った。

 やっぱり。
 僕は笑うしかなかった。

 ハハハハ。
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