初恋ディストリクト
「大丈夫だよ。怖がらなくてもいいよ」

 もしかしたら撫でさせてくれるかもしれない。

 そっと徐々にのっそりと近づく。

 黄色か黄緑かはっきりしない交じり合った色の丸い目で私を捉えると、猫の体がピリッとした緊張に包まれてさっきより低い姿勢になった。

 でもまだ逃げる様子がない、それでいてギリギリの攻防。

 そうして手を伸ばせば届く範囲まできて、触れると思ったのに、そこで猫はスタスタスタと路地の奥へと走っていく。

 でもすぐに止まって後ろを振り向く。

「やっぱり逃げられたか。あれ、でもなんか変」

 ふと違和感を覚え、私はよく見ようと猫にまた近づいた。

 今度もすぐに逃げようとせず、猫はギリギリまで私を見ていて、どうすべきか思案している様子だった。

 だけど近づいてやっぱり手を伸ばすと、嫌がるように低い姿勢になって、気がついたらすばしっこく、さらに奥へと逃げた。

 路地は薄暗くて猫の色がはっきり見えない。それがどんどんと違和感が大きくなって、私はまた性懲りもなく追いかけた。

 最初見たときは茶色いキジトラだったのに、次は銀色のキジトラに見えて、今はなんかシャムネコが混じったキジトラに見える。

 基本はキジトラなのだけれど、色が変化して定まらない。

 光の加減でそう見えるのかもしれない。
 建物の間に挟まれた路地はしっとりと濡れた暗さがあって、ひんやりとしている。

 猫の通り道、また知る人が知る近道、今は人通りがなくて寂れた雰囲気が少し不安にさせた。

 猫はさらなる奥へと進み、その先は路地とはコントラストに明るい光がまぶしく見えた。人通りがあって、左右から行き交う人が見える。

 あそこは何があったっけ。

 気がつけば猫はさっさとその明るい方向に向かって光に包まれたように消えていった。

 私もそれに続いて、そこへ入り込んだ。
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