初恋ディストリクト
 騒がしい蝉の声が耳につくようになった時、やっと猫に会えた。
 近づいても僕を無視し、そのまま去っていこうとしたところ、僕はおやつを手にして猫に見せた。

 それを見るなり猫はまっしぐらに僕に掛けて来た。

 手に持っているものが何だか判別できるくらい、このおやつが好きみたいだ。

 初めての餌やりは何の問題もなく、激しく食いついた。

 一心不乱にぺろぺろと舐めている姿はすさまじい。

 あの女の子もこれをみていたのだろう。

 あの笑顔が思い出された。

 これで彼女がやっていたように、猫に餌を与えるようになって、僕もこの近所のルールを破った。

 こっそり餌やりして黙っていればいい。

 僕もあの猫と仲良くなりたかったし、彼女と話すきっかけを作りたかった。

 きっとその時がやってくると思っていた。

 暫く猫に懐いてもらうため、餌やりに専念した。

 お陰で猫は僕を見ると寄ってきてくれるようになった。

 あとは彼女さえ現れれば、これで話すきっかけができる。

 そう喜んでいたのだけれど、あの張り紙が新たなものに差し替えられたとき、僕はもっと慎重になるべきだった。
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