初恋ディストリクト


 猫に餌を与え始めると、猫の方が僕を探しているのか出会う回数が多くなった。

 塀の上をスタスタスタと小走りに、それでいて流れるようにすうっと近寄ってきたかと思うと、さっと華麗に壁を伝って僕の足元へ降り立つ。

 そこからは体を擦るように僕の足元にまとわりついて、尻尾をピーンと立ててニャーニャーと催促し始める。

「よしよし、今あげるから」

 この調子なら女の子が通りかかれば僕の事を気になってみるはずだ。

 辺りをキョロキョロするが、今は人通りがなく車が一台通っていっただけだった。

 暫く女の子が来ないか待っていたけど、その気配が感じられない。

 残念でしたと、蝉の声がどこからともなくジージーと聞こえていた。

 猫は待ちきれず僕の足にドンと頭を押し付けた。

「わかったよ」

 しゃがんで猫に餌をあげると、一心不乱で食いついた。
 それはあっという間に終わってしまった。

「また明日ね」

 猫はもっと欲しいと目をまん丸にして僕を見上げ、僕もまた彼女に会えなかったと諦め悪く辺りを見回した。
 女の子に会えば、きっと自然に話しかけることができる。

 あがり症の僕もその時が来れば覚悟を決めていた。

 これだけ状況が整えば猫の話題ですんなりと話しかけられるはずだ。

 少しはどもるかもしれないけど、困ったときは猫の話題を素早く持っていけばいい。

「この猫かわいいよね。君も餌をやってたの? 奇遇だな」なんて話し始めれば、彼女も無視できず、あわよくば心開いてくれるはずだ。

 そう願って諦めずに作戦を実行していた時、とうとう街角で女の子が猫と一緒にいるのを目撃した。

 僕はその場で飛び上がりそうに「ヤッター」と強く拳を握った。

 走り寄っていきたい衝動を抑え、しばらく彼女の行動を観察する。

 彼女は辺りを確認してい た。スティック状のおやつを手にして、それを猫に見せながら、道の端へと誘っていた。

 まだ僕とは距離があったので彼女は僕の存在をあまり気にしていない。

 それともまだ気がつかなかったのかもしれない。

 やっと待ち望んだシチュエーションが今目の前に――。
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