初恋ディストリクト
「もしかして、僕の勝ちかな」

 澤田君が煽ってくる。なんかちょっとイラっとした。やだ、負けたくないぞ。

「む、む、む、あっ、あった。麦とろごはん!」

 『む』から始まる白いものを想像して、やったと思って口にしたら、最後『ん』と言ってしまった。
 「あっ」と気がついたときには澤田君が指を差して指摘した。

「ああ、『ん』がついた」
「ちょっと待って、その麦とろご飯のご飯はなしで」

「ダメ、言い切っちゃったから、取り消し不可能」
「でも澤田君だって、フトンって言ったけど、慌ててつけたしたのを見逃してあげたんだよ」

「あれは、すぐにふとんの綿って続けたからセーフ。それに栗原さんは何も文句言わなかったよ。これは言い切っちゃったから取り消し不可能」

「そんなのずるい、ずるい」

 私は悔しくて澤田君につっかかろうと迫ると、澤田君はひらりと身をかわすから、つい追いかける羽目になった。

「なんで逃げるのよ」

「だって、殴りかかりそうにみえたから」

「私がそんなことするわけないでしょ」

 それでも澤田君は私から逃げる。
 私は意地になって追いかける。

 次第に追いかけっこみたいになってしまい、私たちは小学生のように遊んでしまった。

 きゃっきゃと騒いでいる澤田君がかわいい。

 その時、「あっ」と澤田君が叫んだ。

「どうしたの?」
「また壁が消えたんじゃないかな?」

「えっ、うそ」

 夢中で追いかけっこしていたから、自分たちが先ほどよりも見えない壁の向こう側に足を踏み入れていたことに気がつかなかった。

 ふたりで手を前に出して真っ直ぐ歩けば、確かに空間が広がっていた。

 私は澤田君と顔を合わせて、そしてにんまりと笑った。

 ある仮説が浮かんだ。

「これってさ、私たちがこの閉鎖された空間で楽しく過ごせば広がるんじゃないのかな」

「最初の空間が広がった時は、僕はドキドキとして楽しかったのは確かだと思う」

「ほら、そうでしょ。私も澤田君とデートしたいって思ったとき、そんな事自分の口から言ったのも初めてだから、私もドキドキだった。本当にそうなったら楽しいだろうなって、強く願ってた」

 そう感じると、気持ちが高ぶってきて、ふたりして微笑みあった。

「そうだよね。椅子に座って話をしていた時も、きっとその延長でふたりで話すのが楽しかったってことだね」

「うん、そうだよ」

「じゃあ、あともう少しで、この商店街全体に空間が広がるね」

「商店街の空間が全部広がったら、もしかしたらパンってはじけて元の世界に戻れるかも」

 共通点が明らかになると、私たちは希望に満ちてきた。

「残りは、ふたりでどうやって楽しむ?」

 澤田君とふたりで楽しむって、なんかその言葉にまたドキドキしてしまう。

 このドキドキだけで空間が広がっているのではないだろうか。

 この展開にすごく期待してしまう。

「そうだね。それじゃ楽しい話をしようよ」

「どんなこと話せばいいんだろう」

「じゃあ、澤田君が今までで楽しかったこと話してみて」

「今までで楽しかったことか」

 澤田君は見えない壁にもたれながら、思い出そうと天井を仰いだ。
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