初恋ディストリクト
「あまり面白くなかったかな」

 澤田君は私の顔色に気がついて、心配になっていた。

「だって澤田君負けてばっかりだからやりがいがなくって」

「こういうのって、張り合いがないと楽しめないよね。ごめん」

「でもね、久しぶりだったな。小学生の時以来で、あの時は皆できゃっきゃしながら楽しんでたな」

「栗原さんの小学生の時ってどんな子だった」

「うーんとね、独占欲が強かったかな。仲がいい子が他の友達と一緒に遊んでいるとちょっとヤキモチやいたり、すねたりとかあったかな」

「子供にはよくある感情だと思うよ」

「そうなんだけど、自分がその子の一番じゃないって思ったら辛くってさ。昔ね、スポーツがよく出来て、クラスでも人気者のリミちゃんっていう子と仲良くなったの。近所だったし、親同士も知り合いでお互いの家に遊びに行ったりしてたんだ。手を繋いで一緒に歩いて、私はすごく大好きでたまらなかった」

 澤田君は首を振って相槌を撮りながら聞いていた。

「ある日、リミちゃんに私のこと好き? って訊いたの。そしたら『うん』っていってくれたの。そこでやめとけばよかったのに、どれくらい好きって訊いちゃって、そしたらリミちゃん『普通よりもちょっと上の好き』って言ったの。それが子供心にすごくショックだった。次にリミちゃんが、『智世ちゃんは私の ことどれくらい好き?』って訊くの。もちろん私はリミちゃんのこと友達の中で一番大好きだったんだよ」

「ちゃんとそれを伝えたの?」

「なんかね、その時、対等じゃなかったことが悔しくてさ、『私も普通よりもちょっと上の好き』って答えちゃった。これでお互い様だって思ったんだけど、変なところでプライドが発動しちゃった」

「それは仕方ないよ。僕だって、哲は親友だけど僕がちょっと問題を抱えたとき、哲のこと避けてしまったことがあったんだ」

「澤田君でもあるんだ、そういうこと」

「そりゃ、あるよ。心が不安定な時は自分にネガティブになって周りが面白く見えないから、つい卑屈になっちゃうんだろね」

「でも、今の澤田君からはネガティブな行動がイメージできないな」

「油断をすると、どっからかすぐに入り込んでくるよ。だからそれを跳ね除けるために、できるだけいい事を口にするようにしてるんだ」

「ピンチの時がチャンスとかもそうだね」

「ほんとはそれ、哲が教えてくれたんだ。僕は哲のお陰でとても助けられたんだ」

 澤田君は右足の太もも辺りをさすっていた。

「澤田君もしかして疲れてる? こんなこと言うのも何だけど、走るときさ、ちょっとひょこひょこしてるじゃない。もしかして、足が痛いんじゃない?」

「あっ、痛いって程じゃないんだ。ちょっと事故にあって、それが原因」

「えっ、事故にあったの? 大変だったね」

「うん。中学三年の夏休みが始まった時、バス停でバスを待っていたら、いきなり乗用車が歩道に突っ込んできたんだ」

 それを聞いて私ははっとした。
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