初恋ディストリクト
「あっ、知ってる、その事故。全国的に大ニュースになったし、地元だからみんなびっくりして、大騒ぎだったよね。その事故に澤田君が巻き込まれてたの? だけど無事でよかった。確か、あの事故で犠牲になった人がいたよね」

 私がその話を軽々とすると、澤田君は心を乱されたかのように少し動揺して俯いた。

 私はその動作にしまったと焦った。

「ご、ごめんね。辛いこと思い出させちゃって」

「いや、いいんだ。気にしないで」

 澤田君は現場にいたから、一緒にいた人とは顔を合わせていたはずだ。

 そんな人が側で犠牲になったと思ったら、辛いに決まっている。

 それに自分自身も巻き込まれてトラウマもあるはずだ。

 本人の前で蒸し返すのはちょっと軽率すぎた。

「あの事故は本当に悲惨だった。私もよく覚えてる。あの日、私もバスに乗ろうとしてたんだけど、用事ができてそれで引き返して乗らずにすんだんだ。その後であの事故が起こったから、ショックだった。確か、犠牲になったのは中高生の学生だったんじゃなかったかな」

「うん、中学生の女の子だった。僕の初恋の人……」

 澤田君は俯いたまま、呟いた。

 私はどきっとして目を見開いた。

「えっ、そうだったの」

「何度も声を掛けようと、色々と彼女に近づく手を考えてたんだ。だけど臆病でそれが出来なくて……」

「……」

 どう返していいかわからない。
 喉の奥で息がつまった。

 澤田君は淡々と話しているけど、語尾が弱くなっている。

 私に似た女の子が事故で死んでいた。
 他人事だと思えない。

 澤田君が頭をあげ双眸を私に向ける。

「事故にあった直後、僕の意識がなくなって気がついたら病院のベッドにいたんだ。あの時僕は夢を見ていたんだと思った。それは目が覚めても夢に違いないと思ったんだ。こんなこと起こってないって、信じこもうとしてた」

「精神的にもショックが強かったんだね」

「事故についてのニュースも記事も僕は目に触れなかった。ずっとなかったことにしたかった。後で中学生の女の子が亡くなったって耳に入ったとき、何かの間違いだってそれすら信じなかった。僕の中ではあの事故はなかったことになってるから、あの女の子も生きているってずっと思って過ごしたんだ」

 澤田君は右足のズボンの裾を膝まで上にあげた。

 それを見て私は息を飲んだ。

 明らかに違いがわかる作り物のそれは、改めて知らされると驚きを隠せない。

「その足は」
「義足さ。背が伸びたからちょうど新調したところなんだ。まだちょっと違和感があって、それで走るとひょこひょこしてしまうんだ」

 何かおかしいとは思っていたけど、こういうことだったのか。

 私が言葉につまっていると、澤田君は笑い出した。

「もしかして引いちゃった?」

「びっくりはもちろんしたけど、引くってそんなことない。それよりも、私、無理に肩車させたし、もっと早く言ってくれればよかったのに。あの時、自分がかなり重たいのかなって思っちゃったよ」

「ははは、栗原さんらしいな。隠すつもりはなかったけど、この義足自体も、僕には本当の足だって思い込もうとしてるんだ。僕の中ではあの事故は本当にな かったことになってるんだ。栗原さんを見たとき、やっぱり生きていたって思えて、それでいてもたってもいられなくて、気がついたら行動してた」

「でも他人のそら似だった」

「それでも、もしかしたらって本人かもって」

「それであの時、幽霊じゃないかって私に訊いたんだ」

 今になって澤田君の言動が腑に落ちた。
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