初恋ディストリクト
「やはりこの世界は僕が作ってしまったのかも。栗原さんを初恋の人だと思いこんで僕がここに閉じ込めてしまった」

 最初は私も澤田君のせいにした。

 それはフラストレーションで八つ当たって、人のせいにするのが楽だったからだ。だけど澤田君は全く悪くない。

 ずっと澤田君と過ごして、この人が他人の嫌がる事を望むわけがない。

「澤田君のせいじゃない。私は路地で猫を追いかけてこの商店街の中に入ってしまった。澤田君も猫を探してなかった?」

「うん、久しぶりに猫をみたから猫の頭を撫でてたんだ。そしたら商店街に入っていったから、つい追いかけた」

「でしょ、だから私たちは猫によって、この世界に呼び込まれたのよ。澤田君は偶然私をそこで見てしまった。初恋の人に似てるっていったけどさ、本当にそっくりだと思う? 何かの特徴が一致してつい脳内補正でそっくりに見えたとかあるんじゃないかな」

「特徴といったら、その茶色っぽいつややかな髪は同じだと思ったし、近づいたら目の感じも似てた」
「私もさ、澤田君を見たとき、初めて会った気がしなかったんだ。どこかで見たことあるような、そんな親しみが湧いた」

「よく考えたら、僕たち同じ高校だった。栗原さんは学校で僕を見たことあったのかも」

「あれっ?」

「どうしたの?」

 今、既視感があった。

 そうだ、この感じ、前にもあった。
 あの時はピリッとした違和感を覚えたんだった。

「私たち学校で会った事はないはずなのよ」

「急にどうしたの?」

「だって、もし学校ですれ違ったら、澤田君は必ず初恋の人に似ている私に気がつくはず。澤田君も私が同じ学校に居た事を知らなかったということは、一度も見かけた事がなかったってことなんだと思う」

 あの時、私はそれを感じて言おうとしたんだった。

「そういえばそうだね。もしすれ違っていたら、僕は栗原さんのクラスをつきとめていたに違いない」

「それじゃなんで私は澤田君の事をどこかでみたように思ったのだろう」

「こういう僕みたいな顔もよくあるのかもしれないね。そしたら、栗原さんが僕の初恋の人に似てるっていうのも、僕にとったら一番雰囲気が近い人をそう思い込もうとしていたのかもしれない」

 人の視覚は簡単に騙される。

 絵が動いてないのに動いて見えたり、線ばかりの図形の中に点が点滅して見えたり、ちょっとしたことで目の錯覚が起こる。

 今も澤田君を見ていると、揺れているような気がする。
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