初恋ディストリクト
「あれ、地震かな?」

 澤田君の言葉で私もはっとした。

「やっぱり、今揺れたの?」

「栗原さんも、なんか感じた?」

「微妙だったから、錯覚かなって思ったんだけど、澤田君も感じたんだ」
 
 暫く動かないで様子を見ていたけど、その後は何も感じなかった。

「もう大丈夫そうだね」

 澤田君がにこっとすると、ほっとする。

 私が息をついた時、足元で何かがコツンとぶつかってきた感触があった。

「なんか今、足元にいた」

 目を凝らしてみるけど、何も見えない。

「もしかしたら、猫が今この空間に入っているのかも」

 澤田君は腰を曲げて、手探りで猫に触ろうとしていた。

 私も同じように見えない猫を捕まえようとする。

「どこにいるの、猫」

 見えないのがもどかしい。

「猫は栗原さんの足に触れたんだよね」

「うん。頭をこすりつけるようなそんな感じだった」

「猫には僕たちが見えるのかもしれない。何か猫に与えられる餌でもあれば」

「そうだよね、チュールが欲しいよね。あれを一度知ってしまったら、猫は病みつきになって、すぐに食いつくよね。昔はあれを鞄に忍ばせて、猫をみたらあげてたんだけどな」

「栗原さんもそんなことやってたんだ」

「ということは澤田君もやってたの?」

「うん、ちょっと色々とあって」

「結構、黙って野良猫にチュールあげる人っているよね。でも餌をあげるなってさ、うるさい人もいてさ」

 澤田君は急に動きを止めて私を見ていた。

「もしかして、澤田君もうるさい人に怒られたことある?」

「いや、僕は……」

「私はあるんだ。責任も持てないのに勝手に餌やるなって、頭ごなしに言われて、だけどさ、私だけじゃなかったもん。猫に餌あげてたの」

「そ、そうなんだ」

「でも、その通りだなって、怒られた後で反省して、それで母に相談して、その猫を引き取ることにしたの」

「えっ、捕まえたの?」

「そう。責任取った。今は飼い猫になったよ。これで文句言われないだろうって思って」

「それはハッピーエンドだ」

「だから、怒られてよかったかな。あのうるさい人に見つからなかったら飼う事もなかったし」

「猫にとったら幸せだね。それで名前はなんていうの?」

「福」

「フクちゃん……」

 澤田君は繰り返した。
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