初恋ディストリクト
「猫と出会ったとき、すぐに懐いてくれてね、出会う度に嬉しくて、それで勝手に福ちゃんって呼んでたの。なんか幸運をもたらす感じで縁起がいいでしょ。あの辺では有名な野良猫で、みんな黙って餌あげて面倒見てたと思う。それで意地悪な人が、『ねこに餌を与えるな』なんて張り紙貼ってけん制しててさ」

 澤田君は一点を見つめて何か考えこんでいた。

「どうしたの? また猫見つけたの?」

「いや、そうじゃないんだけど」

 その時、再度揺れを感じた。

「ああ、また揺れた」

 今度は錯覚とかじゃなく、確実に体に振動を感じた。

「さっきのより少し大きくなった揺れだったね」

 澤田君も浮かない顔をしていた。

「でも、あれぐらいはまだ揺れたって驚くほどでもなかったよね。家の前をトラックが通ったような振動だった」

「あっ」

 澤田君が驚いた表情を私に向けた。

「どうしたの?」

「猫、猫がいる。今なんか濡れた鼻を近づけて手を匂ってたような感じがした」

「ほんと?」

 猫は確実に私たちの近くにいる。

 私たちはあまり動いて怖がらせないように慎重に手探りした。

 ふと我に返って澤田君を見れば、ぷっと吹いてしまった。

「なんかこの格好だと、潮干狩りしてるみたいだね」

「田植えしているようにも見える」

 澤田君が返してきた。

 私もまた思いつく事を言ってみた。

「どぶさらいとか」

「じゃあ、川で洗濯」

 さらっと澤田君も想像を働かせる。

「落ち葉拾い」

 すぐに私も答えた。
 沢山思いついた方が勝ちみたいに思えてきた。

「ええっと、栗拾い」

 澤田君もむきになって思いつくまま言い合う。

「じゃあ、どんぐり拾い」

「それ、栗拾いと被ってるよ」
 
 澤田君が指摘する。

「被っても別物だからセーフ。だけど私たち、何をやってるんだっけ?」

「栗原さんがこの格好を見て笑うからだよ」

「そうなんだけど、ずっとこの格好してると段々腰が痛くなってくるね」

 私は背中を真っ直ぐにしてから、後ろにそれた。

 体の筋を伸ばしていたその時、ゴゴゴゴゴとまた揺れた。
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