初恋ディストリクト


 時々感じていた揺れは、時空のズレが重なるためのものではなく、この商店街の両端をふさいでいた白い半透明の壁が、両方同時にこちらへ向かってきていたときに生じたものだった。

 これが意味する事は、私たちはこの壁に両サイドからサンドイッチのように挟まれてしまう。

「やだ、澤田君、どうしよう。これって、私が最初に恐れていたことだったよね」

 あの時私は見えない壁が迫ってくると思って悲観的になっていた。

「栗原さん、落ち着こう。まだこちらに来るまでには時間がある。それまでになんとか解決策を考えよう」

「だけどさ、ここには出口がないんだよ。どうやって逃げればいいの」

「分かってる。でも僕たちは絶対にこの難を逃れられると信じてる」

 澤田君は自分を保とうと必死になっている。
 私のためにもなんとかしようとしている。

 ずっと澤田君に支えられてなんとか持ちこたえていたのに、こんな展開になるなんて思ってもみなかった。

「最後でこんなのって」

 半泣きでぼやく私。

「今、最後って言ったよね」

「言ったよ」

 ぐずっと鼻をすすった。

「ということは、僕たちは今最後の難関に挑戦しているってことだ」

 澤田君はこんな時でも、またピンチをチャンスに変えようとしている。

「だけど、それを越えられないと、本当にお陀仏の最期になっちゃう」

「栗原さん、もう一度考えよう。僕たちがこの空間に囚われた意味。なぜここに入ってきたのか」

 澤田君は絶対にあきらめようとはしなかった。なら私もぐっと体に力を入れて踏ん張る。

 そして大きな声を無理やり出した。

「それは、猫を追いかけて始まった!」

 私は澤田君の顔をちらりと見ると、澤田君はそれでいいと頷いた。

「僕が栗原さんを見つけて、初恋の人に似てると言った!」

 澤田君も叫んだ。

 次、私は何て言おう。

 もうこうなったら正直に言っちゃえ。

「私は、それがまんざらではありませんでした!」

「えっ?」

 澤田君が意表を突かれたように驚いている。

 まさかそんな風に私が言うとは思わなかったのだろう。

「初恋の人に似てるって言われたら、そりゃ、好意を持たれてるって思うじゃない」

「そ、そう?」
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