初恋ディストリクト
また激しく揺れだす。
私たちは迫ってくる壁を見て恐怖を感じながらも、ふたり手を取り合ってなんとかしたいと踏ん張る。
「こんな時になんだけど、君の名前を知って、呼べたこと、とても嬉しかった。僕がしたかったこと、楽しくおしゃべりしたり、ふざけあったり、一緒に喜怒哀楽を共有したり、思った以上に栗原さんは素敵な人で一緒にいて楽しかった」
「んもう、なんで今そんなことを」
「そうだよね。でもどうしても言いたかったんだ」
「違うの、もっと早くにどうして言ってくれなかったのよ。もっと早く澤田君と出会っていたら、もっと別の世界があったはず。私は澤田君から声を掛けてもらったら絶対に興味を持って、すぐに仲良くなったと思う」
「本当にそうだよね。僕はいつもそれで後悔していた」
いつだって人生に、あのときこうしていたらというのはつきものだ。
今更過去のことは何を言っても仕方がない。
私だって、あの時本当は澤田君の存在を無意識に見ていた。
「学校の帰り道、前方にクラスで私を虐めてる女の子たちが歩いてて、すごく嫌だなって思っていたの。できるだけゆっくり歩いて、距離を離そうとしていた。 みんなでかたまって行動している時はいい気になって、とても傲慢で、そんな三人が前から人が来ていても、避けようともせずに見下すように歩いている姿を見ていてすごく不快だった。私もその人とすれ違うんだけど、その人、気を遣うタイプで私のために端に寄ってくれた。だから、反射で頭を下げたんだけど、なんか恥ずかしくて中途半端になったの。その後に小さく猫の鳴き声がどこからか聞こえて、近くにいると思うと、立ち止まったの。私は鞄から餌を取り出してあげようとするんだけど、すれ違った人が遠くから見ているって気がついた。だから私もその時、澤田君のことに気がついていたんだよ」
あの時の事が突然思い出された。
あの時はあの人も猫に餌をやってるのかなって、それで私の様子を窺っていたんだってそんな風に感じていた。
それで悪びれることもなく、私は堂々と猫に餌を与えたと思う。
私もあの男の子を意識していた。
「そうだったのか。なんだ、バレてたんだ」
「ねぇ、澤田君。ここでのルールはふたりで楽しむことだったよね」
「うん」
「だったら、最後まで楽しもう。壁が迫ってくるのもやっぱりクライマックスだから演出なんでしょ」
本当は怖くて目が潤みっぱなしだ。この場に及んで私も何をしでかすのかわからない心理状態だった。
「そうだよね。ピンチはチャンスだ」
「澤田君、もう一度あの最初の出会いを再現しよう。最初からやり直すの」
壁は確実に近くまで迫ってきていた。私たちは路地がクロスする商店街の真ん中で向かい合った。
「それじゃ、すれ違うところから」
澤田君が後ろに下がった。
私も下がる。
そして同時に前に歩き出し、澤田君が私に道を譲ろうと避けた。
私は顔を上げ澤田君をはっきりと見る。
そして微笑んで頭を軽く下げた。
澤田君も恥ずかしがりながら、同じように頭を軽く下げた。
私たちはお互いを意識してすれ違った。
次は猫の餌やりだ。
そこにいると思って、私は演技する。
鞄からチュールを取り出すふりをすれば、澤田君は背後で私の様子を窺う。
澤田君ににこっと微笑みをしてから、しゃがんでチュールを猫に差し出すふりをする。
「福ちゃん」
猫の名前を読んだとき、澤田君が近づいて来た。
私たちは迫ってくる壁を見て恐怖を感じながらも、ふたり手を取り合ってなんとかしたいと踏ん張る。
「こんな時になんだけど、君の名前を知って、呼べたこと、とても嬉しかった。僕がしたかったこと、楽しくおしゃべりしたり、ふざけあったり、一緒に喜怒哀楽を共有したり、思った以上に栗原さんは素敵な人で一緒にいて楽しかった」
「んもう、なんで今そんなことを」
「そうだよね。でもどうしても言いたかったんだ」
「違うの、もっと早くにどうして言ってくれなかったのよ。もっと早く澤田君と出会っていたら、もっと別の世界があったはず。私は澤田君から声を掛けてもらったら絶対に興味を持って、すぐに仲良くなったと思う」
「本当にそうだよね。僕はいつもそれで後悔していた」
いつだって人生に、あのときこうしていたらというのはつきものだ。
今更過去のことは何を言っても仕方がない。
私だって、あの時本当は澤田君の存在を無意識に見ていた。
「学校の帰り道、前方にクラスで私を虐めてる女の子たちが歩いてて、すごく嫌だなって思っていたの。できるだけゆっくり歩いて、距離を離そうとしていた。 みんなでかたまって行動している時はいい気になって、とても傲慢で、そんな三人が前から人が来ていても、避けようともせずに見下すように歩いている姿を見ていてすごく不快だった。私もその人とすれ違うんだけど、その人、気を遣うタイプで私のために端に寄ってくれた。だから、反射で頭を下げたんだけど、なんか恥ずかしくて中途半端になったの。その後に小さく猫の鳴き声がどこからか聞こえて、近くにいると思うと、立ち止まったの。私は鞄から餌を取り出してあげようとするんだけど、すれ違った人が遠くから見ているって気がついた。だから私もその時、澤田君のことに気がついていたんだよ」
あの時の事が突然思い出された。
あの時はあの人も猫に餌をやってるのかなって、それで私の様子を窺っていたんだってそんな風に感じていた。
それで悪びれることもなく、私は堂々と猫に餌を与えたと思う。
私もあの男の子を意識していた。
「そうだったのか。なんだ、バレてたんだ」
「ねぇ、澤田君。ここでのルールはふたりで楽しむことだったよね」
「うん」
「だったら、最後まで楽しもう。壁が迫ってくるのもやっぱりクライマックスだから演出なんでしょ」
本当は怖くて目が潤みっぱなしだ。この場に及んで私も何をしでかすのかわからない心理状態だった。
「そうだよね。ピンチはチャンスだ」
「澤田君、もう一度あの最初の出会いを再現しよう。最初からやり直すの」
壁は確実に近くまで迫ってきていた。私たちは路地がクロスする商店街の真ん中で向かい合った。
「それじゃ、すれ違うところから」
澤田君が後ろに下がった。
私も下がる。
そして同時に前に歩き出し、澤田君が私に道を譲ろうと避けた。
私は顔を上げ澤田君をはっきりと見る。
そして微笑んで頭を軽く下げた。
澤田君も恥ずかしがりながら、同じように頭を軽く下げた。
私たちはお互いを意識してすれ違った。
次は猫の餌やりだ。
そこにいると思って、私は演技する。
鞄からチュールを取り出すふりをすれば、澤田君は背後で私の様子を窺う。
澤田君ににこっと微笑みをしてから、しゃがんでチュールを猫に差し出すふりをする。
「福ちゃん」
猫の名前を読んだとき、澤田君が近づいて来た。