初恋ディストリクト
第四章 それぞれの流れ行く時間
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◇澤田隼八の時間軸
女の子を突き飛ばしたなんていったら、酷い奴といわれるのだろうけど、あの時はそうしないと栗原さんは僕から離れようとしなかった。
僕は栗原さんを元の場所に返した後、反対側の路地へと急いで走った。
白い壁が両端から迫ってきている。
走る場所も狭まって、最後は体を挟まれそうになりながらギリギリのところ、危機一髪ですり抜けて元来た路地に飛び込んだ。
勢いあまって地面に転がったとき、後ろで眩い光が炸裂した。
振り返ったときには弾け飛んだように光が消えていたが、その代わり商店街への入り口が再び現れていた。
僕は右足を庇いながら立ち上がり、こけた拍子に打った節々の痛さを感じながら、商店街の中を覗いた。
そこは人々が行き交い、夕方の買い物客や駅から家路に向かう通勤帰りの人たちが通り抜けをして歩いていた。
栗原さんはちゃんと元の世界に戻れたのだろうか。
僕が向かい側を見たとき、そこには薄暗い路地の入り口が黒く色を塗ったように奥が見えなくなっていた。
誰かがその路地からやってくる――。
一瞬ドキッとしたけど、それは全く知らない中年の女性だった。
僕がじっとみていたから、視線に気がついて目があった。
それが不快感だったのか、ふんとすまして去っていった。
僕が今こうやって確かめているように、栗原さんも今あそこからこっちを見ているのかもしれない。
「あ、そうだ」
僕はスマホをジャケットのポケットから取り出した。
そして栗原さんと写った画像を見て、僕の心臓は激しく高鳴った。
ああ、栗原さんだ。
笑ってる。
約束したとおり、僕は教えてもらったアドレスにその画像を送る。
もしかしたら奇跡が起こって届くかもしれない。
そんな期待を込めて送信ボタンを押した。
その後、そのメールはエラーの知らせもなく戻ってくることはなかった。
無事届いたのだろうか。
返事を期待していたが、いくら待っても何の反応も返ってこなかった。
辺りはすっかり日暮れ、温度がかなり下がっているのを感じる。
ジャケットのジッパーを閉めて左右のポケットに手を突っ込んで帰ろうとしたとき、焼肉の匂いに一瞬動きが止まった。
匂いの方に視線を向ければ、焼肉屋の店の前には僕が置いた椅子がふたつそのままくっついて並んでいた。
そんなものを今更見ても仕方ないと、僕は振り切って家路についた。
感傷に浸っていても何も始まらない。
栗原さんは遠いところに行ってここには戻ってこない。
でも事故に遭わずに生きていた。
僕はそれでいいと思った。いや、思い込もうとしていた。
でも会うことができないと思うと、胸の奥がぐっと掴まれるように苦しくなった。
◇澤田隼八の時間軸
女の子を突き飛ばしたなんていったら、酷い奴といわれるのだろうけど、あの時はそうしないと栗原さんは僕から離れようとしなかった。
僕は栗原さんを元の場所に返した後、反対側の路地へと急いで走った。
白い壁が両端から迫ってきている。
走る場所も狭まって、最後は体を挟まれそうになりながらギリギリのところ、危機一髪ですり抜けて元来た路地に飛び込んだ。
勢いあまって地面に転がったとき、後ろで眩い光が炸裂した。
振り返ったときには弾け飛んだように光が消えていたが、その代わり商店街への入り口が再び現れていた。
僕は右足を庇いながら立ち上がり、こけた拍子に打った節々の痛さを感じながら、商店街の中を覗いた。
そこは人々が行き交い、夕方の買い物客や駅から家路に向かう通勤帰りの人たちが通り抜けをして歩いていた。
栗原さんはちゃんと元の世界に戻れたのだろうか。
僕が向かい側を見たとき、そこには薄暗い路地の入り口が黒く色を塗ったように奥が見えなくなっていた。
誰かがその路地からやってくる――。
一瞬ドキッとしたけど、それは全く知らない中年の女性だった。
僕がじっとみていたから、視線に気がついて目があった。
それが不快感だったのか、ふんとすまして去っていった。
僕が今こうやって確かめているように、栗原さんも今あそこからこっちを見ているのかもしれない。
「あ、そうだ」
僕はスマホをジャケットのポケットから取り出した。
そして栗原さんと写った画像を見て、僕の心臓は激しく高鳴った。
ああ、栗原さんだ。
笑ってる。
約束したとおり、僕は教えてもらったアドレスにその画像を送る。
もしかしたら奇跡が起こって届くかもしれない。
そんな期待を込めて送信ボタンを押した。
その後、そのメールはエラーの知らせもなく戻ってくることはなかった。
無事届いたのだろうか。
返事を期待していたが、いくら待っても何の反応も返ってこなかった。
辺りはすっかり日暮れ、温度がかなり下がっているのを感じる。
ジャケットのジッパーを閉めて左右のポケットに手を突っ込んで帰ろうとしたとき、焼肉の匂いに一瞬動きが止まった。
匂いの方に視線を向ければ、焼肉屋の店の前には僕が置いた椅子がふたつそのままくっついて並んでいた。
そんなものを今更見ても仕方ないと、僕は振り切って家路についた。
感傷に浸っていても何も始まらない。
栗原さんは遠いところに行ってここには戻ってこない。
でも事故に遭わずに生きていた。
僕はそれでいいと思った。いや、思い込もうとしていた。
でも会うことができないと思うと、胸の奥がぐっと掴まれるように苦しくなった。