初恋ディストリクト
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◇澤田隼八の時間軸
春休みが続く限り、僕はここで栗原さんを待つ。
栗原さんも同じようにここに来ていると強く確信していた。
ふたりの思いが繋がれば、再びあの空間の入り口が開くかもしれない。
僕が栗原さんの事をずっと生きていると思いこんであの事故をなかったことにしたように、心の中で別の世界線を創造すればそれが可視化されるかもしれない。
僕はまだ栗原さんに告白してないし、約束したデートだって果たさなくっちゃならない。
中途半端で終わらすわけにはいかないんだ。
強く念じながら待っている時だった。
婦人服店のお爺さんが店頭で僕に手招きした。
僕は呼ばれていることに半信半疑で辺りを見回す。
そしてまたお爺さんを見た。
「あんたを呼んでるんじゃ。そこにはあんたしかいないだろうが」
「はっ、はい」
僕は慌ててお爺さんの元へと行った。
ひょっこひょこしている僕の様子をおじいさんは不思議そうに見ていた。
「あんた、なんか足を引きずってるみたいだけど、怪我でもしてるのか?」
「ちょっと右足が義足でして」
隠すことでもないので、ヘラヘラと軽く答えた。
「えっ、あんた若いのに、足を失くしたのか」
おじいさんはびっくりして僕の足をみていた。
大抵の人はびっくりするだろうけど、強面のお爺さんの眉根が下がって別人のように思えた。
もしかしたら顔で損するタイプじゃないだろうか。
実際は気のいい人なのかもしれない。
「もう慣れましたから」
こっちが変に気遣ってしまう。
「そうか、大変だったのう……」
おじいさんは僕に同情し、気難しい顔つきがすっかり和らいで僕を優しく見つめる。
そして心配そうに僕に問うた。
「昨日はデートをすっぽかされても、懲りずにまた待つのか?」
「はい。春休み中は彼女を待ちたいです」
「いつ来るか分からん彼女を待つか。まあ、それも青春なんじゃな」
遠い目をしてお爺さんは言った。
「あの、僕に何か用事でもあったんですか?」
「おお、そうじゃ、そうじゃ、ほれ、これ」
お爺さんは僕に綺麗な包装紙に包まれた丸いものをふたつ差し出した。
「えっ?」
「遠慮しなくてもいい。隣の和菓子屋さんが、時々売れ残ったお菓子をくれるんじゃ。そのおすそ分けじゃ」
「あっ、ありがとうございます」
僕は有難くそれを受け取った。
その時おじいさんが「ん?」という顔をして困惑していた。
「どうかされたんですか?」
「いや、なんか今、こういうのどこかであったような気がしてな」
「ああ、デジャブーって言うやつですね」
「そうなのか? なんか二回繰り返したような不思議な感覚だった」
その時僕もハッとして、お爺さんのその言葉に引っかかりを感じた。
「とにかく、彼女とデートが出来るといいのう」
お爺さんはもう言う事はないと、店の奥へと引っ込んでいった。
人情味に溢れたいいお爺さんだった。
頂いた和菓子を有難く思い、お爺さんの優しさに感謝した。
大切に手にしながら僕も元の場所に戻った。
一体何の和菓子だろうか。
もらったお菓子を改めてじっくりと見つめたその時、「ん?」っと違和感を覚えた。
「あれ? 受け取った時は丸いお菓子だと思ったけど、四角だったけ」
お爺さんの持ち方で丸く見えたのかもしれないし、僕が見間違えて丸いと思いこんでいたのかもしれない。
手にした和菓子はどう見ても四角く包装されていた。
でも何かが納得できないくらい引っかかっていた。
◇澤田隼八の時間軸
春休みが続く限り、僕はここで栗原さんを待つ。
栗原さんも同じようにここに来ていると強く確信していた。
ふたりの思いが繋がれば、再びあの空間の入り口が開くかもしれない。
僕が栗原さんの事をずっと生きていると思いこんであの事故をなかったことにしたように、心の中で別の世界線を創造すればそれが可視化されるかもしれない。
僕はまだ栗原さんに告白してないし、約束したデートだって果たさなくっちゃならない。
中途半端で終わらすわけにはいかないんだ。
強く念じながら待っている時だった。
婦人服店のお爺さんが店頭で僕に手招きした。
僕は呼ばれていることに半信半疑で辺りを見回す。
そしてまたお爺さんを見た。
「あんたを呼んでるんじゃ。そこにはあんたしかいないだろうが」
「はっ、はい」
僕は慌ててお爺さんの元へと行った。
ひょっこひょこしている僕の様子をおじいさんは不思議そうに見ていた。
「あんた、なんか足を引きずってるみたいだけど、怪我でもしてるのか?」
「ちょっと右足が義足でして」
隠すことでもないので、ヘラヘラと軽く答えた。
「えっ、あんた若いのに、足を失くしたのか」
おじいさんはびっくりして僕の足をみていた。
大抵の人はびっくりするだろうけど、強面のお爺さんの眉根が下がって別人のように思えた。
もしかしたら顔で損するタイプじゃないだろうか。
実際は気のいい人なのかもしれない。
「もう慣れましたから」
こっちが変に気遣ってしまう。
「そうか、大変だったのう……」
おじいさんは僕に同情し、気難しい顔つきがすっかり和らいで僕を優しく見つめる。
そして心配そうに僕に問うた。
「昨日はデートをすっぽかされても、懲りずにまた待つのか?」
「はい。春休み中は彼女を待ちたいです」
「いつ来るか分からん彼女を待つか。まあ、それも青春なんじゃな」
遠い目をしてお爺さんは言った。
「あの、僕に何か用事でもあったんですか?」
「おお、そうじゃ、そうじゃ、ほれ、これ」
お爺さんは僕に綺麗な包装紙に包まれた丸いものをふたつ差し出した。
「えっ?」
「遠慮しなくてもいい。隣の和菓子屋さんが、時々売れ残ったお菓子をくれるんじゃ。そのおすそ分けじゃ」
「あっ、ありがとうございます」
僕は有難くそれを受け取った。
その時おじいさんが「ん?」という顔をして困惑していた。
「どうかされたんですか?」
「いや、なんか今、こういうのどこかであったような気がしてな」
「ああ、デジャブーって言うやつですね」
「そうなのか? なんか二回繰り返したような不思議な感覚だった」
その時僕もハッとして、お爺さんのその言葉に引っかかりを感じた。
「とにかく、彼女とデートが出来るといいのう」
お爺さんはもう言う事はないと、店の奥へと引っ込んでいった。
人情味に溢れたいいお爺さんだった。
頂いた和菓子を有難く思い、お爺さんの優しさに感謝した。
大切に手にしながら僕も元の場所に戻った。
一体何の和菓子だろうか。
もらったお菓子を改めてじっくりと見つめたその時、「ん?」っと違和感を覚えた。
「あれ? 受け取った時は丸いお菓子だと思ったけど、四角だったけ」
お爺さんの持ち方で丸く見えたのかもしれないし、僕が見間違えて丸いと思いこんでいたのかもしれない。
手にした和菓子はどう見ても四角く包装されていた。
でも何かが納得できないくらい引っかかっていた。